第81話 「星のゆめ」駅
白い蒸気を吹き出し、最初の駅「月の雫」に到着した。
森の中の小さな駅のホームにはリュックを背負った親子連れが目立つ。次の日の昼にやって来るお迎えの列車が来るまで、これから夜通し森を歩き回るのだ。
一見不便そうなこのツアーも不便を楽しむ始まりの国の人にとっては、何の障害にもならないのだろう。
「シュ―― シュ――」
前方の機関車からは停車中も時折蒸気が勢いよく吹き出される。5分間の停車後、いよいよくるみの降りる駅『星のゆめ』に出発する。
窓越しにホームに降り立った人達に手を振った。
列車は徐々にスピードを上げ、深い森をひたすら進む。よく見ると森がぼんやりと明るい。真夜中に近づき魂の樹が自ら輝き始めているのだ。
昼間は普通の樹に見えるが、夜に魂が近づくと仲間に合図を送るかのように発光する。死者の魂は始まりの国へ帰り、自分の樹を探す。今までの記憶をその樹に記すためだ。
「もうすぐだね、くるみ」
駅で買ったお揃いのニット帽を被り直しながらミナトは言った。ミナトの帽子は黒で、くるみは赤に近いピンクだった。
「自分の樹って近づいたら分かるものなの?」
「誰の魂にも反応はするんだ。人間でも動物でもね。でも本人が近づいた時には鈴なりの林檎が輝くみたいに特別なことが起こるみたいだよ」
「凄い!見てみたいな」
「見れるさ。きっと凄く綺麗で、神秘的で、特別な体験ができると思うよ」
「特別な体験って?」
「僕は経験したことがないけど、樹と対話ができるらしい。前世の記憶や小さい頃の記憶を思い出させてくれたりもするらしいよ」
「そうなんだぁ…樹と話ができるんだね」
くるみは自分の欠けてしまった記憶を取り戻すためにこの森へ入る。しかし、辛い過去の記憶を消したくて訪れる人もいるのだそうだ。
運よく自分の魂の樹を見つけたとしても、記憶に関する願いを叶えてくれるかは、自分の魂の樹との交渉しだいらしい。
「さあ、着くよ」
ミナトは網棚から大きなリュックを2つ降ろし、空いている横の席に置いた。そして向かいに座るくるみの両手を握り真剣な顔を見せた。
それは今までにくるみに見せたことのない表情だった。少し辛そうで、目には涙が浮かんでいる。
「記憶が戻ることは、いいことばかりではない。辛いことも、痛かったことも、悲しかったことも全て思い出してしまうんだ。ショックを受けて落ち込むかもしれない。周りを信用できなくなるかもしれない。でも、僕は絶対にくるみを支えるから。悩んでもいいから、絶対僕から離れないで欲しい」
くるみは真剣なミナトの訴えに、記憶を戻すことがいいことばかりじゃないと、初めて考えさせられた。
「わかった。昔の私の記憶とも上手く付き合うようにするから。悩んだ時は支えてね」
そう言うとくるみはミナトの頭を優しく抱きしめた。ミナトは目を閉じ、一筋の涙を流した。
「ありがとう、くるみ。いつも君は僕の支えだよ。でも僕も君を支えたいんだ」
まもなくして列車は『星のゆめ』駅に到着した。
それなりに降りる乗客も多く、ホームは賑やかだった。
次の駅へ出発する列車を見送ると、改札を抜け駅の外へ出た。じめっと苔むした森の匂いが辺りに広がる。
駅の外にはこの世界に来てから何度も見てきた泉があり、ガイドの人が説明をしようと待っているようだった。
「本日は記憶の森のナイトツアーにご参加ありがとうございます。明日のお迎えの列車は11時15分となっております。それに乗り遅れますと、1週間後の土曜日まで列車は来ませんのでお気を付けください。休憩小屋は24時間無料で開放しておりますのでご自由にお使いください」
説明が終わると、1人1人に小さなランタンが渡された。中身は空っぽだったが、どうやらそこに自分の魂のレプリカを詰め込むらしい。
何度もツアーに参加している常連客のような人が、泉に両手を浸け、出て来た自分の魂のレプリカをランタンの蓋を開けて水ごとすくった。
ガイドの人も手本を見せている。くるみもミナトもレプリカ入りの小さなランタンを手に持ち準備は整った。
「よし、出発だ」
ミナトの合図で2人は歩き出した。
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