第80話 通称「BB」
ホームで見送る駅員たちが見えなくなると、車内アナウンスが流れてきた。
「今宵は記憶の森行き特別列車に御乗車頂き、誠にありがとうございます。本列車は7両編成、売店は3号車にございます。2時間ほどで最初の駅『月の雫』に到着致します。
それでは皆様の探し物が見つかりますよう、駅員一同心よりお祈り申しあげます」
くるみは少し緊張気味に景色を見ていた。景色と言っても木々の間から街の明かりがちらほらと見えるだけだったが、記憶に近づいているのは確かなことだ。
「ミナト君」
くるみは小さな声で話しかけた。
「何?」
「本で読んだんだけど、アルが石を拾ってきた奇跡の泉があったのは記憶の森なの?」
「くるみ、その本読んだの?」
「うん。部屋の本棚に有ったから」
「フウマ先生がくるみに読ませたい本をケイジロウに預けてたのは知ってたけど、もう読んだんだね」
「だって私もミナト君も指輪の能力者だって聞いたから」
「アルが見つけたのは2番目の『星のゆめ』駅の辺りだと言われているよ」
「じゃあ私もそこで降りてみたい」
くるみの心は決まったようだ。
「じゃあ到着時刻は…10時26分だ」
下りる駅が決まったところで、2人の会話は止まってしまった。
列車内は夜の旅を楽しむ子供の声が賑やかでしょうがない。くるみは浮んでは消える言葉の端をつかむが、直ぐに手放してしまう。
するとミナトがポケットから1枚の写真を取り出した。前後2列に並んだ集合写真のようだったが、みんな何かの制服を着ている。
「この中にくるみがいるよ」
「えっ、私が」
くるみは写真を手にし、照明のよく当たる場所を探した。
20人程の集合写真の右端にミナトとくるみを発見した。他の人よりも遥かに若い2人の間には背の高い男性がいた。
3人で肩を組み笑っている。
「これが私で、これがミナト君でしょ。そして、この人は誰なの?」
くるみは2人の中央に立つ男性を指さした。
「この人はフウマ先生だよ。僕の小さな頃からの友であり、師でもある」
「もしかして、ミナト君が喫茶室で言っていた人?」
「そうだよ。記憶が戻れば、くるみにとっても凄く大事な人だってわかるよ」
くるみはミナトの話を聞きながら、写真に写る顔を1人1人ゆっくりと見た。
「あれ、これはケイジロウさん?」
「そうそう、ケイジロウも時代屋時計店で働く前はチェスターリーフの特別警備を任されていたんだ」
写真に写っているのは城や街の護衛隊とは別で、通称『BB《ビービー》』と呼ばれている指輪の能力者を含めた少数精鋭のチームだった。
黒いブーツに動きやすい現代風の制服を身にまとっている。
くるみはこのメンバーの1人で、まだ発見されていない指輪の捜索や国内の紛争を裏で食い止めることを目的として働いていた。
ミナトは駅に着くまでの2時間余りを、BBの話をして過ごした。くるみはケイジロウから聞かされていない新たな自分を知った。
「じゃあ私は指輪の適合者だとわかった時からフウマ先生とミナト君といつも行動を共にし、能力を引き出す訓練をしていたということ?」
「そうだね。皆で合宿をしたり、ドートル湖遺跡の捜索をしたり、学校へ通いながらも僕たちは訓練をし、任務もこなした」
「私って忙しかったんだ」
「僕らは忙しかったよ」
ミナトは昔を懐かしむように窓の外を見た。昔と言ってもつい4年前のまでの話なのに。
「絶対私の魂の樹を見つけるからね。待っててねミナト君」
「いざとなったら、秘密の作戦があるからさ。とりあえず2,3日は自力で頑張ろう」
ミナトは楽しそうに言った。
(秘密の作戦……?)
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