第61話 3階の角部屋



(寝てる?)


 くるみはかがんでマーサの顔を覗き込んだ。しわくちゃの顔は見ているだけでほっこりとしてしまう。


 この暖かさの中、真っ赤な長袖のワンピースに白いカーディガンを羽織っていた。


「よくこんなうるさい所で寝れるもんだな」


 ケイジロウはぼそっと呟いた。すると人形のように固まって見えていたマーサが顔を上げた。


「ケイジロウ!遅かったじゃないか。ずーと待ってたんだよ」


「えっ、起きてたの?いつも騙されるんだよなぁ」


 マーサはケイジロウの横に立つくるみを見つけ、にっこり笑顔になった。


「あなたが今日からのお客さんだね」


「はい、川崎くるみです。よろしくお願いします」


「若いお客さんは久しぶりだねぇ。ようこそチェスターリーフへ。そう言えばケイジロウ、時枝ときえさんはいつ来るんだい?」


「あぁ、お盆が過ぎたらって言ってたから、8月の末頃じゃないかな」


「そうかい、楽しみだねぇ。ほら、部屋の鍵だよ。早く案内してあげなさい」


 マーサから鍵を受け取ると店の裏にある階段を上り3階へ向かった。


「それから…」


 何かを言い忘れたのかマーサが階段の下にやって来た。


「駅長の所のレイラがあんたのこと探していたよ。毎日しつこく来るから、今日来るって言っておいたよ」


 マーサは数日前のことを伝えた。


「はぁ~ ばあちゃんだったのか。今度俺を尋ねてきても何も教えないで、お願いだよ!」


「はいはい、若いと色々あるねぇ。誰だか知らないがラブレターもたくさん預かってるんだけどねぇ、どうしたものか…」


 毎度のことのようにぶつぶつとマーサは呟き、杖を突きつつお店へ戻って行った。


 くるみが案内された部屋は3階の角部屋で、木のぬくもりがたくさん詰まった大きめのワンルームだった。


 大きなグレーのソファーが出窓の下に置かれクッションがひしめき合っている。いかにも座りごこちがよさそうだ。


 壁側に備え付けられたキッチンには生活するのに十分な食器や調理器具が揃っている。


 ケイジロウはやかんを火にかけ、いくつか並んだ紅茶の缶から1つを選んだ。


 この部屋はホテルとは違い、さっきまで誰かが住んでいたような温かさがあちこちに感じられる。


 キッチンと対角線上にベットが置いてあった。ワンルームでありながらも大きな本棚で仕切られているせいで、そこはプライベートな空間のようでもあった。


 くるみは本棚に並ぶたくさんの本を見上げた。背表紙の文字が読めて、意味も理解できた。歴史・物語・ハウトゥー本・詩集・レシピ集、様々なジャンルの本が並んでいた。


「私の1人暮らしの家よりも落ち着く感じです」


「それはよかった。ここは中央マーケットの中だし、ナイトツアーの駅も近いんだ。そして何より、マーサばあちゃんがいるから安心だよ。ここの2階に住んでる。夜は寝れないらしいから、困ったことがあったらノックすればいいよ」


 くるみは大きな窓からマーケットを見下ろした。やっぱりお祭りのようだった。窓を開けると笑い声や甘い香りが漂ってくる。


「紅茶入れたから飲んで待ってて」


 そういうとケイジロウはくるみから入国許可証を預かり部屋を出て行った。


 くるみは赤いカップに注がれた熱い紅茶を持って窓辺からケイジロウの様子を目で追った。




 これが毎晩の風景なのかぁ 

 寂しくはない 

 仲良しのベルってどんな子なんだろう

 私のこと覚えているのかな

 でも私は何も知らない

 ミナト君に会えたらなんて言おう

 時計のお礼かな

 違う お礼じゃない

 どうして始まりの国の話をしてくれなかったのかな



 くるみは半分ほど残った紅茶のカップを出窓に置き、クッションを1つ抱きソファーに横になった。ラベンダーのいい香りがする。



 ケイジロウさんはきっともてるんだろうな

 レイラさんは…

 ケイジロウさんのこと好きなのかな

 ミナト君には恋人いるのかな

 私のことどう思ってるんだろう

 バス停で別れたあの日

 手を離したくないと言ってくれた

 私は 心は繋がったままだからと言った

 本当かな

 本当なのかな

 まだ繋がっているのかな


 くるみは目を閉じて色々考えていた。ふわふわと温かく体に力が入らなくなってくる。気が付くとたくさんのクッションに埋もれ、深い眠りについていた。

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