第60話 私は宇宙人
長いこと店内にいたせいか、日はすっかり暮れかけ、空は薄紫のベールに覆われている。
日本で見た空と同じように、小さな星が瞬き始め、夜が近づいているのがよくわかる。
2人は下って来た坂道を上り、人通りの多いメイン通りに戻った。
何故か昼間よりも街はにぎわっている。
観光客と言うよりも、この街の人たちなのだろうか。
一日の疲れを癒すかのように街のあちこちに座り、ビールを片手に話がはずむ。
よく見ると、オープンカフェのような店が軒を連ね、夕暮れ時の夏祭りのようでもあった。
子どもたちが路地裏から出てきて駆け回り、赤ちゃんを抱いた女性も何だか楽しそうだ。
「今日は何かのお祭りですか」
くるみは横を歩くケイジロウに聞いた。
「この街は、毎晩こうなのさ。夕食は外で食べるのが当たり前で、家で食べるのは病気の時くらいかな。日本のような四季は無くて、年中春の陽気だからね」
「楽しいでしょうね。毎日お祭りみたいで」
「日本人ももっと夜を楽しめばいいのにって思うよ」
このケイジロウの言葉にくるみはしばし考え、反論した。
「日本の夜も楽しかったですよ。家族の手料理を食べたり、クイズ番組を見たり」
「くるみちゃん、何だか日本人みたいだね」
ケイジロウは冗談のつもりで言ったのだが、くるみはその後黙ってしまった。
生暖かい夜の風と、食欲をそそる肉の焼ける匂い。砂糖を焦がしたキャラメルの香り。歩いているだけで全身に香りがまとわりつく。
「私は宇宙人です。広いこの宇宙に存在するのだから、宇宙人と言えますよね」
くるみはいつになく強い口調で言った。
「どうしたの急に」
ケイジロウは驚いた顔でくるみを見ている。
くるみは自分が始まりの国の人間だとはっきりわかったはずなのに、何故か
不思議なことにケイジロウに自分が日本人ではないと否定されたようで、少し腹が立ってしまったのだ。
(日本で過ごした4年間は私にとって何だったのかなぁ)
ケイジロウは黙って歩き続けた。
ケイジロウは歩きながら考えていた。
(くるみがこの世界に来て戸惑っているのがよく分かる。でも乗り越えなくては始まりの国では生きていけない。明日ミナトに会ったら元気が出るかな…)
「宇宙人さんこっちだよ」
ケイジロウはくるみを呼んだ。
「すみません。やっぱりそう言われるのは…」
「冗談だよ。くるみちゃんは日本と始まりの国とのハーフだよね」
くるみの顔がぱぁーっと赤くなった。ケイジロウが言ったハーフと言う言葉に妙に救われたくるみだった。
「ここからは凄く混雑するから、絶対僕のそばを離れないでね」
そう言われて周りを見渡すと、人々がひしめき合っている広場に出ていた。ここがチェスターリーフ最大の中央マーケットのようだ。
マーケットは勇ましい騎士のモニュメントを中心に円形状に広がりを見せる。
どの店にもお客が並び、モニュメントの周りには自由に座れる席が置かれていた。
しかし、夕食時ともあって、座れる席などどこにも見当たらない。店の様子さえも人だかりのせいで見ることができない。
「もう少しだから」
ケイジロウはくるみの様子を気にして振り向いた。
くるみは気が付くとケイジロウの腕につかまっていた。そうでもしなければ人の波に飲み込まれてしまいそうだったからだ。
「マーケットの南口の近くにばあちゃんの知り合いの店があるんだ。そこの3階の部屋が今日からの宿泊先だよ」
「ばあちゃんの知り合い?」
「そう、マーサの紅茶店だよ。僕が何件か借りてる部屋の1つで、時代屋時計店のお客の宿泊に使っているんだ」
着いた店の軒先には木材を薄くカットした板にマーサの紅茶店とペインティングされた立て看板が置かれていた。
その可愛らしい手作り看板には
そして、その立て看板の横には、さらに可愛らしいおばあちゃんが、小さなゆり椅子にちょこんと座っていた。
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