第54話 私の年齢



「いらっしゃいませ。ランチは終了しちゃったの」


 店員の顔は見えなかったが、店の奥から美沙みさを思い出すような落ち着いた声がした。


「母さん、俺だよ! くるみちゃん、ちょっと待っててね」


 ケイジロウはくるみをテーブル席に座らせると、カウンターから厨房へ入って行った。


 くるみは1人残された店内を見渡し、壁に掛けられた絵に目を止めた。


 朝焼けなのか夕焼けなのか分からないその湖の絵はとても綺麗だった。


 くるみは吸い寄せられるように立ち上がり、大きなキャンバスに描かれた油絵を隅々まで眺めた。


 目を閉じると、湖の水面みなもは動き出し、岸に打ち寄せられる水の音が聞こえた。

(ここは、どこだったかな…行ったことがあるような…)


 くるみは遠い記憶の中に、この湖と関係して、何か切ない思い出が隠れているような気がした。気がつくと上着の端がぎゅっと握られていた。


「くるみちゃん、お待たせ。この店の看板料理トマトクリームパスタとアップルパイだよ」


 ケイジロウは先ほどくるみを案内したテーブルに料理を置いた。ケイジロウと一緒に現れた女性はケイジロウの母だった。


「くるみさん初めまして。熱いうちに食べてね」


「ありがとうございます。この湖の絵が素敵で、でも悲しい気持ちになってしまって…」


 くるみは話しているうちに自分でも、どう言う感情なのか分からなくなってしまった。


「この湖はド―トル湖ですよ」


 ケイジロウの母は優しく語り出した。


「その昔、この湖の中央には島が有って人々が住んでいたんですよ。何でも、その島の地下には珍しい鉱石がたくさん有り、宝島なんて呼ばれたりもしてね。島の人たちは鉱石を利用してアクセサリーや王様への献上品を作り、生計を立てていたんです。しかし、その島をめぐり争いが起きてしまったんです。150年ほどの前の話ですかねぇ」


 ケイジロウの母は、電話が鳴ったので厨房へ戻っていった。


「冷めるから食べよう」


 そう言ってケイジロウは勢いよくパスタを口に入れた。


「あの、今って何時なんですか。お腹は空いてるけど、私の感覚ではまだ10時くらいなんです」


 ケイジロウは腕時計を見た。確かに、10時を少し過ぎたくらいだった。


 時代屋時計店を出発したのは7時くらいだったが、始まりの国とは4時間の時差があった。


「今は2時半だよ」


 ケイジロウはもう片方にした腕時計を見せた。


 くるみがパスタを食べ終わると、ケイジロウは2人分の紅茶を大きなカップに注いだ。


「話が長くなるけど、覚悟して聞いてね」


 ケイジロウは軽く息を吐くと、ついに、ずっと避けて来たくるみの両親の話を始めた。


 覚悟と言われたくるみはドキリとしたが、全てを受け入れようと目を大きく見開いた。


「それじゃあまず、くるみちゃんは今、自分の年齢いくつだと思ってる?」


「誕生日は思い出せないですが、19歳になる年です」


「違います。23歳です。ちなみに誕生日は5月です」


「えっ、あかり先輩と年がほとんど変わらなかったんだ」


「ちなみに、僕は2つ年上の25歳」


 くるみは、いきなりの意図せぬ年齢詐称をしていたことに驚きを隠せなかった。


(高校の時の同級生はみんな年下で、ミナト君も年下だったんだ…)


 落ち込んでいるくるみの表情を見ながらもケイジロウは話を進めた。


「そして、くるみちゃんの両親と兄弟3人は捜索中なんだ。もすぐ4年が経つけど、全然見つからない」


「行方不明?なんですか」


「う~ん。行方不明と言うよりも逃げているんだ。勘違いしないで欲しいのは、犯罪者ではないんだよ。これから説明するけど、国を守るために逃げてくれているんだ。それじゃあ、ここからが本番。メモの準備はいいかい?」


 ケイジロウは冗談っぽく言ったが、目は真剣だった。


 こうして、くるみが始まりの国から消えた4年前のあの夜の話が語られた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る