第52話 2人の門番
くるみはついに故郷の街に降り立った。
実感はまるでなかったが、この街に漂う風は確かにくるみの心を穏やかにしてくれた。
振り向くと、くるみのキャリーバックを持ったケイジロウが立っていた。
「意外と早く着いたね」
「そうですね、早かったです」
「じゃあ簡単な手続きがあるから、あのアーチのゲートまで行こう」
2人の足元に広がるのは規則正しく並べられた石畳で、先ほどまで歩いていた草原とはかなり違う。
勝手に足が前へ進む感覚だ。
ケイジロウが指さしたゲートまでは小さな橋を渡る。魚は見えなかったが、水深は浅く、とても澄んだ川なので水草が揺れているのがよく見えた。
橋のたもとには寄せ植えされたハンギングの鉢が掛けられている。
「凄くきれいな街ですね」
「そうだね、日本とは少し違って石造りの建物が多いかな。始まりの国はね、地球上の優れた技術や、便利な情報もたくさん入って来る。でもね、あまり取り入れてはいないんだ。個人的にはスマホがあれば凄く助かるんだけどね」
「そうなんですね。じゃあ検索したい時はどうするんですか?」
「そんなの、人に聞くか本で調べればいいじゃない」
「そうです…ね。当たり前でした。なんか恥ずかしい…」
「自動車もあまり普及してないんだ。電気も通っているけど、ランプを使う家も多いしね。この街の人々は自ら選んで不便を楽しんでいるんだよ。いや、不便だなんて思っていないのかもしれないな」
くるみはこんな素敵な世界に生きていたのかと思うと嬉しさが込み上げて来た。
「それで、私の両親には今日会えるんですか」
(いきなりその質問ね…て言うか、当たり前か…)
ケイジロウは観念したように話し始めた。
「そのことなんだけど、言わなきゃならないことがあるんだ」
ケイジロウが申し訳なさそうに頭をかいた時だった。
気の強そうな女性が近づいて来た。
「いったい、いつ返事をもらえるのかしら」
その気の強そうな女性はケイジロウの前を塞ぐように立ち、眼光鋭く睨みつけた。
「くるみちゃん、ちょっとごめん。アーチの所で待っててもらえる?」
くるみは、見てはいけないものを見てしまった気がして、その場を急いで立ち去った。少し行った所で振り返って見たが、ケイジロウはどんどん橋の方へ詰め寄られている。
(ケイジロウさん、大丈夫かなぁ)
くるみがアーチの前まで来ると門番らしき男性がこちらを見ながら話をしている。
「ようこそ始まりの国へ」
くるみが近くへ行くと若い男性と、立派な髭をたくわえたおじいさんが声をかけてくれた。
2人とも真っ赤なジャケットに黒いパンツスタイルで、おじいさんの胸には勲章のような物がいくつか下げられている。
ジャケットの上から絞められた太く白いベルトがとても様になっていた。
「この国へは初めてですか?」
若い方の門番がにこやかに話しかけてくれた。
「はい」
「では、こちらにサインをお願いします」
若い門番は、入国許可証を渡した。くるみはアーチの横に置かれているテーブルでサインをした。
「くるみさんですか。いいお名前じゃ。勇者の名前ですな!」
おじいさんの門番が許可証を確かめながらつぶやいた。
「ほうほう、日本からですか」
眼鏡を外し、おじいさんの門番はくるみの顔をゆっくりと眺めたが、気がすんだのか、また話し出した。
「ほうほう、じゃあ楽しんで行ってください。おすすめは記憶の森でのナイトツアーですな。先月も2人の方が自分の魂の樹を見つけたそうな。本当に稀なことだと新聞に載っていましたぞ」
「ナイトツアー?ですか。楽しそうですね」
くるみはおじいさんの門番と話し込んでしまった。おすすめの宿、おすすめの市場、おすすめのビール。
くるみは黙っておじいさんの門番の話を聞き、ちょうどいいタイミングであいづちをし、たまに質問もした。
おじいさんの門番はいつもより雄弁に話をしているようだ。
何だか診療所の待合室を思い出してしまうくるみだった。30分くらい経っただろうか、ケイジロウが少しやつれた様子で現れた。
「待たせてごめん。まさかここで待ち伏せされるとは思ってなくて…。よし、じゃあ街に入ろう」
くるみは、肩を落として歩くケイジロウと共にゲートを抜けチェスターリーフの街へ入った。
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