第44話 最後の写真



「何だったんだろう」


 くるみはもう一度袋を見た。原型をとどめない物質は何度見てもただの黒い砂のよう。


 美沙は段ボールを片付けると、奥の部屋からアルバムを持ち出して来た。


「ちょっと写真を選んでほしいの」


 そう言って美沙は、この4年間で撮り溜めてきた何げない日常や、わたる衣咲いさきたちとのホームパーティーの写真を見せた。


 どの写真も笑顔が溢れ、つい昨日のことのように思い出される。


「くるみが診療所を出て1人暮らしを始めてからね、患者さんたちがくるみを懐かしむのよ」


「そうなの?」


 くるみは驚いたように振り向いた。自分を想ってくれる人がいることが素直に嬉しかった。


「だから待合室に写真を飾ろうと思ってね。くるみはどの写真がいいと思う?」


 迷いながらも高校の制服姿で待合室のお年寄りに囲まれている写真や、仮装したハロウィンの写真を選んだ。


「じゃあ3人でも撮っておこう!」


 和哉はそう言って、スマホをインカメラにし、3人の笑顔の詰まった1枚を保存した。


 美沙はこの何げない行為が、最後の写真のような気がして、ついに我慢していた涙がこぼれた。


「おいおい、みんな我慢してるんだぞ美沙。なぁ、くるみ」


「うん…」


「ごめん。分かってるんだけど、こんな日がいつか来るんだと予感してたんだけど…」


 美沙は完全にお別れしてしまうことを想定している。


 和哉も、もうくるみが戻って来ないのではないかと感じていた。


 だた今だけは悲しむことを忘れ、3人でいられるこの時を大切にしようとそれぞれが思っていた。


「ちょっと旅行に行くだけだよな。くるみも大人なんだ。応援してあげよう」


「ありがとうかずパパ。さっきも言ったけど私が時代屋時計店から旅行に行っている間は、この世界に存在していなかったことになるんだって…だから……寂しくはないよ」


 くるみは自分が言っている言葉があまりにも残酷で、悲しくて、言葉に詰まった。


「だから…だから…大丈夫だよ。気が付いたらまたひょっこり顔を出すはず!」


 くるみは精一杯の笑顔を見せた。




 突然不思議な話を聞かされた美沙と和哉だったが、あの夜を思うと、これも現実なのかもしれないと無理にでも理解するしかなかった。


「ありがとう」


 くるみが小さな声でつぶやいた。


「なんでそんなこと言うの」


 美沙は怒ったようにくるみを抱きしめた。くるみはたまらず泣き出してしまった。


 和哉も耐えきれなくなったのか窓を開けた。くるみを見つけ、途方に暮れたあの夜のように空を眺めた。


 澄み切った夜空に星は静かに輝いている。


 

 日曜日、遅めの朝食を食べると、くるみは自分の住むアパートへ帰って行った。まるで高校へ通っていた頃のように。別れる寂しさは何一つ感じていないように。


(またいつか帰って来るよ……美沙さん・かずパパ……ありがとう……)


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