第34話 2度目の訪問



 「先日パンフレットを置かせて頂いた企業保険の川崎です。社長様いらっしゃいますか?」


「ちょっと待ってね。今行くから」


 少しの沈黙の後、この間と同じ、若い男性の声がした。

 店の奥で何か重い荷物でも引きずっているような音がする。蛇口をひねる音。

(手でも洗っているのだろうか)


「あの…お仕事の邪魔をしてすみません。急がなくても待っていますので…。」


「大丈夫もう行くから」


 少し気持ちに余裕ができ、くるみは待っている間に店内を見回してみた。


 前回来た時には気が付かなかったが、時計はショーケースだけではなく、壁一面に所狭しと掛けられていた。


 天使がラッパを吹き、白ゆりがあしらわれたアンティークな時計がひときわ目を引く。


 くるみの身長ほどの柱時計はゆったりと時を刻み、この静まり返った店の空気をほぐしているようだ。


「ゴメン、待たせたね」


 麻のゆったりとした白いシャツに黒のパンツをはいたの清潔感のある若い店員が顔を出した。


 細いせいなのか少し小柄に見える店員は、顔にかかる前髪の間からくるみをじーと見つめた。


「あっ、あっ、あれね。企業保険の人ね!」


 少し焦っているように見えたが、すぐにくるみが置いて行った封筒を奥の部屋から探し出して来た。


「あの、社長様でいらっしゃいますか?」


くるみは恐る恐る尋ねた。


「社長?社長?そう、僕は社長だよ」


 ケイジロウはくるみが現れたことに少し動揺しながらもミナトに託されている自分の役目が来たことが夢のように感じていた。

(長かったなぁ、あれから2年が経ったのかぁ)


「少しお話しよろしいですか?」


 くるみは鞄から税金対策と法人向け企業保険のメリットについてのパンフレットを取り出した。


 ケイジロウはくるみの説明を聞ききながらどうやってタイムトラベルの話を持ち出そうか考えを巡らせていた。

(ここからは、自分の力量が試されている…早くミナトに知らせたい)


「社長様。この会社のことを少し詳しく伺ってもよろしいでしょうか?」


「えっ、ゴメン。話聞いてなかった…。」


 ケイジロウの頭の中はそれどころではなかった。


 くるみが自らこの店にやって来たのだ。しかも「時代屋時計店」とは知らずに仕事でやって来るなんて、奇跡に近い。


 置いて行った名刺を見ただけでは気が付かなかったが、顔を見た瞬間に確信した。


 ケイジロウは叫びたいくらいの気持ちを押さえ、冷静を装った。


 くるみは社長と名乗ったケイジロウの様子を見ながら色々不審に思うところがあったが、もう一度同じ質問をした。


「会社のことを伺ってもよろしいでしょうか」


「なるほど、会社のことね。いいよ、どんどん質問して!」


 くるみの質問はこの店のことを説明したいケイジロウにとって都合のよいものになった。

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