第27話 法術士とドールマスター

 何だかよくわからないまま俺は綾瀬重工のティルトローター機、彩雲に乗せられた。ララはミサキの着ていたパーカーを羽織って俺の隣に座っている。このまま萩へと飛ぶらしい。ミサキはまだ調査をするとの事で、現場に残っていた。


「正蔵。見たな」

「はい。あのミミズには驚きました」

「そうではなくて、私の……」


 そう言って俯くララだった。頬を赤く染めている。


「下着の事ですか? あの可愛らしい柄の?」

「しっかり見ているではないか! 貴様の記憶を消してしまいたい」


 ララも下着姿を見られるのが恥ずかしいらしい。あんなに強い彼女も、一人前の乙女であったという事なのだろう。


「申し訳ありません。見たかったわけではないのですが自然と目に入りまして……不可抗力ということでご容赦してください」

「わかっておるわ!」


 今度は頬を膨らませてそっぽを向いている。何か気に障ったらしい。そして、明後日の方角を見つめながらぼそりと呟いた。


「その……何だ。少しは……ドキドキしたとか、ときめいたとか、そんな事はなかったのか」

「はい。ありませんでした」


 まあそうだろう。そのまんま小学生体型のララの裸を見たくらいで興奮したりしないし、胸がドキドキしたりする事はない。


「そ……そんな素っ気ない返事をするな。可憐なお姿だったとか、眩しくて見ていられなかったとか、少しは言い方を考えろ! こ、これでも年頃の乙女なのだぞ」

「申し訳ありません。確かにララ様の美しいお姿を拝見できた事は、私の、一生の思い出となるでしょう。将来、どのように成長されるのか楽しみです」

「貴様! 将来がどうとか口にするな。現状、私の胸がぺったんこだとかまな板だとか絶壁だとか! そう思っているのだろう! 男は誰も巨乳巨乳と、豊かに育った乳ばかり見つめるのだ!」

「すみません」


 とりあえず謝っておいた。しかし、女心は複雑怪奇だ。ララの裸に欲情したと言えば、当然の如くロリコン変態の烙印が押され、激しく非難されるだろう。否定したらしたでこの通りだ。あのスタイルの良い姉、ミサキ皇女に対して劣等感でも持っているのだろうか。その気持ちは十分に理解できる。椿さんにも匹敵するあの豊かな胸元と比較されてはたまらないだろう。

 このままでは不味いと感じた俺は、話題を変えようとララに話しかけた。


「ララさん。少し聞いてもいいですか?」

「何だ?」


 機嫌は悪そうだが話には乗ってきた。


「先ほど法術士とかドールマスターとか言われてましたけど、どういう意味でしょうか?」

「ああ、あれか。法術というのは、わかりやすく言うなら魔法みたいなものだ。人は元々霊的な存在であり、誰もが霊力を持っている。力の多寡はあるがな」

「俺もですか」

「もちろんだ。その霊力を何がしかの力へと変化させて使用する技術の事を、帝国では法術と呼んでいる」


 SFやアニメの世界でいう超能力みたいなものなのか。いや待て。そういえば伝奇ものなどでは宗教の側にいる者が使う術もそう呼んでいた気がする。法力僧という言葉もあった。


「つまり、宗教の側の超能力者と考えてよいのですか」

「そうだな」

「だったら、反対側の者もいるのですか?」

「そうだ。それらの者は魔術師と呼ばれている。帝国では忌み嫌われている連中さ」


 白魔術と黒魔術の関係みたいなものだろうか。もちろん俺が詳しく知っているわけではない。


「ララ様は雷撃を使ってましたけど、あれも法術なんですね」

「そういう事だ。私は本来、霊力で強化した肉体で戦う格闘戦が得意なのだ。しかし、先ほどは睡眠薬のおかげで体が上手く動かせなかった。だから雷撃を使ったのだ」


 なるほど。ララも霊力使い、いや、法術士の一人だったという事だ。ではミサキさんもその法術士なのだろうか。


「わかりました。それならミサキさんも法術士なのですか?」

「そうだな。姉さまは帝国の法術科学士だ。法術で機械を操作したり生物を操ったりするんだ。だから、アルゴル族は貴重なサンプルなんだよ」

「なるほど。だから精神会話も得意なんですね」

「そういう事だ。あの人は数少ない瞬間移動テレポートの使い手でもあるしな」

「あの時、突然ミサキさんが姿を見せたのもテレポートだったんですね」

「そうだな。テレポートが使える法術士はほんの一握りしかいない」


 うーむ。最初はララが親衛隊の隊長だと聞いて半信半疑だったのだが、今の話を聞くと納得できるものがあった。単に肉体の力だけではなく、霊的な力、つまり法術を駆使するのなら、あのレイダー軍曹が3秒でOKされるという話にも現実味がある。それに、ミサキさんが使うというテレパスやテレポートにも納得するしかない。

 そういえば日本にも修験道の役行者小角や陰陽師の安倍晴明など、スーパー超能力者といえる人物も実在していたらしいじゃないか。ララやミサキさんも、そういう存在なのだろう。


「それじゃあ椿さんが見せてくれた魔法みたいなのも法術なんですか」


 俺の質問にララは頷いている。


「概ねそういう考え方で合っている。しかし、あの方は女神なのだ。私たちとは発揮できる力の桁が違う」


 そうだったな。ララによれば、椿さんは戦略核ほどの破壊行為が可能らしい。


「後、ドールマスターとは何でしょうか」

「それは黒猫だ。ドールマスターとは、帝国の決戦兵器、鋼鉄人形操縦士の事を指す。鋼鉄人形とは、いわゆる人型機動兵器でな。人の霊力で駆動するロボットだと思えばいい。後で見せてやるよ」


 黒猫もそうなのか。ララの部下であり親衛隊の隊員なのだ。そして彼は、決戦兵器を操る能力者だったって事だ。

 今まで謎だった事が、全て氷解していくような気分だった。


 ララとこんな話をしているうちに、機体は萩市上空へと差し掛かった。そして俺は、再びあの病院へと送られた。未知の寄生系環形動物と濃厚接触してしまったのだ。この措置に関しては我慢するしかなかった。

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