第26話 寄生系環形動物
パンパンパン!
乾いた破裂音が部屋に響く。ララは右手を前に出しているだけだったが、発射された弾丸は全て逸れて、壁やタンスにめり込んだ。
「動くなと言った」
俺の首に包丁を突き付けている茶髪の
「どうする? 正蔵を殺すのか? そんな些細な事で絶対防衛兵器が起動したらどうするつもりだ? 貴様の祖国は跡形もなく消え去ってしまうぞ」
「そんな事があるはずがない。アレはインターフェースであり、本体は150光年離れている」
「ふふふ。インターフェースだけでも戦略核一発分くらいの破壊行為は可能だ。何も知らんのだな」
ララの言葉に対し、ギリギリと歯ぎしりをしながら俺の喉に包丁を突き付ける恩恵。しかし、俺がもし殺されでもしたら、椿さんは統一朝鮮に報復攻撃でもするというのだろうか。戦略核のような威力の……。
「しゃべるな。おとなしくしていろ!」
俺の背後で恩恵が叫ぶ。拳銃を床に放り投げた黒髪ストレートの信恵がララにゆっくりと近づいていき、そしてその体が突然崩れた。信恵の体は人の姿をしていた何か、細長くて小さな、ミミズのようなものが寄り集まっていたのだ。その、薄い茶色のミミズの塊がララに向かって押し寄せていく。
「アレは何だ。人間じゃない!」
俺は咄嗟に叫んでいた。
「黙って見ていろ。アレは気持ちがいいんだ。あの快感を味わってしまうと、もう離れられなくなる」
ミミズの塊に体を覆われて気持ちがいいだと。そんな事があるはずがないと、俺の理性は必死に否定していた。
ララは身体を上手く動かせないようで、その場で立ちすくんでいる。もうララの体はミミズにすっかりと覆われ、その上で幾多のミミズがうねうねと蠢いていた。
「正蔵。お前の相手は私だ。たっぷりと可愛がってやるさ」
そう言って、恩恵は包丁を投げ捨てて俺に抱きつき、唇にキスして来た。そして俺は押し倒される。恩恵の熱い舌が、俺の唇をなめまわした。唇の間から、恩恵の舌が入り込んでくる。舌を絡め合う甘美な感触に、まるで天国にいるかのような快感を味わってしまう。唇を離した恩恵が俺の眼前でにやりと笑う。そして口を大きく開いた。
恩恵の開いた口から、もぞもぞとミミズが束になって這い出て来た。それは俺の顔にまとわりつき、鼻や口、耳から体の中へと入って来るじゃないか。最初はおぞましい感覚であったが、次第にそれが快感に変わっていく。
「気持ちいいだろう。アルゴルは人間に快楽を与えるんだ。お前も虜になるさ」
ここまでされて理解した。体中に、虫に食われたような穴が開いて死んでいた留学生のリュウ。アレはこのミミズが原因だったんだ。この事を綾瀬重工警備部の西村隊長は知っていたし、椿さんも知っていた。あの、リュウのマンションでの会話からそう理解できる。ならば、ララもこのミミズについては熟知しているはずだ。しかし、ララが動く気配はない。
このミミズは、人間に快楽を与えてくれるのかもしれない。しかし、終いには体中を食われて死に至るのではないか。快楽を餌に、散々好き放題に操られてあんな死に方をするなど御免こうむりたい。
呼吸ができない。しかし気持ちがいい。俺はどうなってしまったんだ。もうミミズに支配されてしまったのか。
ある種の絶望感に支配されたその時、部屋のドアが突然開いた。
「ララさん、ごめんなさい。遅くなりました」
女性の声が響いた。この声は聞いたことがある。ララの姉、ミサキ皇女だ。そして再び、部屋の中に雷光が弾けた。今回は先ほどと違ってかなり強い電流が流れたようだ。俺の全身は痺れ、体にまとわりついていたミミズは全て弾け飛んだ。俺は口の中に入り込んでいたミミズをすべて吐き出した。
「くそう。気持ち悪すぎだ」
思わず悪態をついてしまう。
ララは全身に雷光をまとっていた。ララにまとわりついていたミミズは、殆どが真っ黒になり焼け焦げていた。
「嘘だろ。電撃は一回だけだとの情報だ」
フラフラになった恩恵がつぶやく。口からはミミズが痙攣しながらボタボタと落ちている。
「本気になれば何度でも出せるさ。普通なら一発で片付くだけだ。残念だったな」
うすら笑いを浮かべながらララが呟く。しかし、素っ裸でいちご柄のショーツ一枚なので、全く格好がついていない。ミサキ皇女はというと、まだうねうねと蠢いているミミズを長い菜箸を使って摘まみ、金属製のバケツへとぶち込んでいた。
「ララさん。本気出しすぎですよ。もう、半分以上死んじゃってるじゃないですか」
「すみません。睡眠薬を飲まされてしまい、力の加減ができなくなったのです。不用意に殴って死なせては不味いと思い雷撃を使用したのですが……」
「仕方ないですね。そこの女性を拘束して」
そう言って金属製の手錠を床に放り投げる。ララはふらついている恩恵の額に手を乗せ、再び雷撃を放つ。恩恵は意識を失い倒れてしまった。その両手に手錠をかけた。ミサキは長い菜箸を使い、生き残っているミミズを一生懸命集めている。つまり、ミサキ皇女はこの状況であのミミズを捕獲しようとしていたのだ。
「あの、ミサキさん」
「はい。何でしょうか?」
「駆けつけていただいてありがとうございます。助かりました」
「私は何もしていませんよ。ただ、このミミズを回収したかったので」
「そうなんですか?」
「はい。この生物は非常に希少なのです。レーザ星系の惑星バルザに生息する知的生命体なのですが、ミミズなんです」
「見た目はそうですね」
「ミミズの一匹一匹は単なるミミズでしかありませんが、集合してある程度の大きさになると、そうですね、子猫位になると一つの人格を形成するのです。かなり高度な知性を持っていますし、ミミズの一部を人に潜り込ませる事により、その人物を操る事も出来ます。先に亡くなられた学生さん……誰でしたっけ」
「
「そう、その人もね。こいつに操られていたの。アルゴル族って言うんだけど、厄介なのよ。人にも化けるし、寄生されてる場合は見つけるのも難しいので。それで、とっ捕まえようと計画してたのです」
「近所で待機されていたのですか」
「まさか。私は萩にいましたよ」
俺の方を見ずに返事をするミサキだった。彼女は床にいるミミズをあらかた拾い、今度は恩恵の鼻の穴や口を開いてミミズを探していた。
「どうしてここに? 連絡はしていないと思いますし、到着が早すぎるのでは?」
「それはね。正蔵君の事が心配で心配で、常時、法術探査していたのです。貴方がどこで何をしていたのか、誰とエッチな事をしていたのか全て把握しています」
「嘘でしょ?」
「嘘です」
あっけらかんと笑うミサキだった。ララは顔をしかめながらぼそりと呟く。
「姉さま。正蔵にちょっかいをかけるのは止めていただきたいと、何度も申し上げております。私が精神会話で呼んだのだと、素直にお答えください」
「精神会話?」
「テレパスの事よ。私とララさんは、精神会話でいつもお話できるの」
「本当ですか?」
「ええそうよ」
怪しく微笑むミサキだった。まるでSF小説やアニメの世界の話で、素直に受け入れるのが難しい。
「誰にでもできる訳じゃない。高位の法術士か
ララが話してくれるのだが、よくわからない言葉が並んでいる。詳しく説明して欲しいところだが、救急車とパトカーが集まって来たようで、サイレンの音が周囲に鳴り響いていた。全く、今夜の合コンは散々だったわけだ。
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