第11話 魂と意識体

 椿さんと肩を並べ、徒歩で大学へと向かう。いつもはスクーターで通学しているのだが、徒歩だと景色の見え方が違ってくる。この辺りは市街から少し外れており、住宅地と田畑が交互に並んでいるような土地だ。今は丁度田植えの時期で、水を張った水田に植えられたばかりの苗が風にたなびいている。道端の用水路には、白いサギ類が陣取って餌を漁っていたりする。この辺りは夜になると、蛍が飛び交う情緒豊かな地域でもある。


「あの白い鳥はコサギです。一般に白鷺しろさぎと呼ばれるサギ類の中では小型の種類となります。ドジョウやカエル、ザリガニなどを捕食します。ああ、あちらには大型のダイサギがいますね。コサギと比較して体長は1・5倍ほど。首やくちばしが長いのと、口角の切れ込みが目の後ろまである事で判別できます」

「サギにも種類があるんだね。俺は一種類だと思ってたよ」

「はい。他にはもう少し大きいアオサギも確認できるはずですが、今のところ姿は見えませんね」

「この辺りは意外と自然が多いんだよね。ゆっくり眺めたことはなかったけど。ところで椿さん」

「はい。何でしょう」

「野鳥の事、詳しいんですね」

「えへへ。まあ、そうです。図鑑を丸ごとインストールしてありますから」


 なるほど。そう言う事か。それならば、魚類とか昆虫類とかも詳しそうだ。鳥やザリガニの話をしているうちに大学の正門前に到着した。


「ところで椿さん。まさか、一緒に講義を受ける気ですか」

「もちろんです」

 

 自信満々に返事をする。そして、俺の右腕に体を寄せ、豊かな胸を押し付けて来た。その柔らかい感触にめまいがしてきた。


「あの、椿さん」

「はい」

「ちょっと離れてもらえませんか。さすがに恥ずかしいので」

「むむう」


 ぷうっと頬を膨らませ不満顔をする椿さんである。その時、自転車に乗った学友の一人が声をかけて来た。


「おーい。正蔵君。その見目麗しき女性はどなたかな? いつもバイクばかりいじっている油臭い御仁が何故美女と歩いている?」

「お前には関係ない。近寄るな」

「まあまあ。記念写真を一枚」


 そう言って、首からぶら下げていた小型のカメラを構えてパチリとシャッターを切る。こいつの名は広畑大樹ひろはただいき。今時珍しいフィルムカメラをこよなく愛している写真オタクだ。ガソリンエンジンのバイクに熱中している俺とはある意味同類で、妙に気が合うゼミ仲間だった。


「ところで午後は?」

「英語だよ」

「おっ。いいね。教室デートできそうじゃん」


 途端に椿さんの瞳が輝いた。彼女は教室の中でイチャイチャする気が満々みたいだ。


「黙ってろって」


 教養課程は部外者が紛れ込んでもバレないと思う。本当についてこられたらやはり困ってしまうだろう。


「困るってか? 羨ましいねえ」


 シュタッと手を振って自転車をこいでいくカメラオタクだった。


「えへへ。午後は一緒ですね。正蔵さま」

「まあ、教養なら多分わからないでしょう。でも、くっつきすぎるのは良くないです。摘まみだされたら困るでしょ」

「わっかりましたぁ」


 元気に返事をする椿さんだった。

 午後一発目は第一外国語。もちろん英語を選択している。俺は英才教育とやらで小さい頃から英語はみっちりと仕込まれた。ゆえに、教養課程の英語ならば少々サボっても問題はない。昨夜の疲れからか、どうも瞼が重かったので、今日は寝てしまおうと思っていた。

 始まる前から居眠りする気だったのだが、今日の講義は古い映画を字幕無しで見ましょうというものだった。これは睡眠におあつらえ向きだ。

 お題は『ローマの休日』。往年の名女優オードリーヘップバーン主演の名作だ。


「ああ。この映画、見た事はありません。すごく楽しみです」


 そう言って俺の顔を見つめる椿さんだった。彼女は知らん顔で教室に入り込み、しっかりと俺の隣に座っている。そして誰にも咎められることがなかった。

 部屋が暗くなり映画が始まる。オードリーはやはりきれいでスマートな体型が目立つ。身長は170cm、スリーサイズは上からB85、W51、H85だったか。素の状態でウェスト51センチなのだろうか。コルセット的なもので縛ってその数字になってるんじゃないかとか考える。


 身長は椿さんと同じ位。でも、あれは細すぎだよな。自分はやはり、椿さんみたいなふくよかなタイプがイイ。彼女の胸元は、オードリーと比較して段違いに豊かだった。

 

 やっぱり椿さんが気になる。昨日出会ったばかり。火災の中で抱き合ったり、朝に軽く口づけを交わしたりしただけだが、気になって仕方がない。ちらりと横を向くと、彼女は真剣な眼差しで映画に見入っていた。


 こういうのを一目惚れというのだろうか。見た目は美少女。しかし、その体はアンドロイド。更にその中身は別の何か。そんなミステリアスな存在に心惹かれているのは事実だった。彼女の容姿も、映画のオードリーよりもずっと俺好みだ。そんな事を考えているうちにうとうとと眠ってしまう。


 いつの間にか俺は芝生の上に座っていた。隣には椿さんが座っている。目の前には大きな池があり、錦鯉が何匹も泳いでいた。


「ここどこですかね?」

「さあどこかしら?」


 曖昧な返事をする椿さんは、先ほどと同じ服装だった。ジーンズに白いパーカーを羽織っている。パーカーの下はTシャツだったが、その下から豊かな胸がTシャツを押し上げ、文字が歪んでいた。そのロゴは『Hyper Explosive Girl』と読めた。どう訳せばいいのだろうか。超爆発少女? かな。なかなか良いセンスだと思った。


「ここはどこですかね?」


 白々しくもう一度聞く。


「さあ」


 小首をかしげながらとぼける椿さんは、あふれるばかりの笑顔を絶やさない。


「俺は、さっきまで大学で講義受けてる最中だったと思うんです。椿さんも一緒でした。今日は映画鑑賞で、その途中でどうも居眠りしたみたいなんですよ。で、気が付いたらここにいました。これ、夢ですよね」

「そうですね、夢という理解で間違いではないと思いますよ。昨夜も同じ場所で、少しイチャイチャしましたけど」


 思い出した。昨夜は椿さんの膝枕で、気持ちよく横になっていたんだ。椿さんの説明では、ここは彼女の心の中であり俺の魂が直に経験している事なのだと。

 とは言うものの、理解が追い付いていないのも事実だ。彼女の瞳を見つめる。昨夜と同じように、瞳孔の中に機械部品は見えなかった。


「じっと見つめられると恥ずかしいです」

「ごめんなさい。いやね。昨日、椿さんの瞳の中に機械部品を見つけたんですよ。シャッターみたいな。でも、今見てもそんな部品はないようです」

「そうですね。ここは私の心の中です。言い換えるなら意識体の世界になります」

「意識体?」

「そうです。意識体。魂とか霊体とか、そういう言い方でもいいのですが、私は残念ながら人間ではないのです。だから、魂や霊体という言葉は当てはまりません」


 またまたわからなくなった。


「あの……椿さんが人間ではないというのはわかります。それで、例えば人の肉体に魂が宿っているように、椿さんの場合はアンドロイドの肉体に他の何かが宿っていると、そう考えてよろしいのでしょうか?」

「概ね、そういう考え方で合っていると思います」

「それは例えば、超能力を使える異星人の意識体とかなのでしょうか。椿さんのあの格闘戦での強さとか、バリアなんかの特殊能力とかは何なのだろうかと考えた結果、そうなんじゃないかって思ったんです。綾瀬重工の技術は世界最先端ですけど、流石にあそこまでの性能はないと思います」

「なかなか鋭いですね。正蔵さまは」

「当たりですか?」

「概ね当たりだと考えていただいて結構です。でも私は異星人ではありません。異星人であるなら生まれた星は違えども、やはり人間であるとの認識ですから」


 異星人でなければ何なのだろうか。

 まさか神様?


 そんな考えが脳裏をよぎる。しかし、動物や植物、また、風や雲、大地や海、そして惑星や恒星に至るまで意識体は存在しているという理論も聞いたことがある。それは銀河系やこの三次元宇宙にも拡大して当てはまっているというものだった。もちろん詳しく知っているわけではない。

 異星人でなければ、それは動物とかだろうか。あの夢を思い出した。獅子の獣人と黄金の女鹿が話していたあの場面を。

 あれが椿さんとどうつながるのか、さっぱり見当がつかなった。しかし理由は不明だが、俺はあの場面は重要なのだと感じていた。


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