第8話 王宮の治療所と結界の話

「……分かりました。では、こちらに来ていただけますか?」

 長い沈黙の後、師団長が言う。

「ナタリー。行く事は無い。帰るぞ」

 ガウルさんはそう言って私の手を掴み帰ろうとするけど……、風に乗って微かに血の匂いがしたような気がしてふと足を止めてしまった。


「気付きましたか?」

 先ほどガウルさんとにらみ合っていた時とは違う、穏やかな目で師団長が私を見て言う。

 帰らなきゃ。関わらない方が良い。どうせ、私は何もしない。

 だけど、行かないままで私の事を王室に進言されても困る。

 あの程度の、ど基礎魔法でも感心されたくらいだ、他の魔術師たちの力量が推し量られてしまう。

「ええ。治療所が近くにあるという事くらいですが……」

 

 近づくにつれて、血とポーションと後は……まぁ消毒薬の匂い? 人間の薬系はよく分からないけど。

 

 建物の中は、薄暗くてよく分からないけど、うめき声と血の匂いで充満している。

 患者は主に騎士たちと攻撃魔法が使える魔術師達のようだ。

 窓を開け、換気をしていて、部屋の中は一応清潔な感じがするのに、暗く感じるのは傷から瘴気が抜けきって無いせい?


「術を使える者と、ポーションが足らないのです」

 師団長が中に入りながら説明をしてくれているけど、私は入り口で立ち止まったままだった。

「どうぞ。入って」

「治療している方々の邪魔になりますから……」

 入らなくても分かる。だけど、思ったより人数と重傷者が多い。


「入って少して頂けますか?」

なくても、私程度の能力ではどうしようもない事が分かります」

「なぜ? もしないのに……」

 ……そう、何も知らなかったらやってみようと試みるハズなのだろうけど。


「中級どころか、上級ポーションも使ってますよね。初級ポーション並みの能力では、どうしようも無いです」

「なぜ、上級ポーションを使っていると思うのです」

「それは、匂いで」

 師団長の問いについ答えてしまって、私は自分の口を手でふさいだ。

 次の質問は、『なぜ、上級ポーションの匂いを知ってる?』だろうか。


「……そうですか。では、ここを出ましょう」

 師団長は、私の失言をスルーして治療所を出る。

 あそこで治療を受けている者の内、数人は助からないだろう。

 助けられそうな医師も術師も居ないしようだものね。


「ルイーナ王国と隣接している森には、そんなに強い魔物はいなかったと思うのですが……」

 でないと、駆け出しの冒険者が薬草採取なんて依頼、受けれるわけがない。


「さぁな。隣接しているルイーナ王国の結界の核だった女性がいなくなったとか、亡くなったとか……噂話しか入って来ないからなぁ」

 ガウルが、頭を掻きながらそんな事を言ってきた。


「ルイーナ王国の結界が不安定だったのが、一部破れたのではないかとの見解なのですよ。それで、今こちらから使節団を出してますので、戻って来れば詳細は分かるとはずなのですが」


 なるほど。

 だけど、結界の強化はとっくに済ませているし、私がいなくなっても100年くらいは、大丈夫なはずなんだけどな、あの結界。

 いにしえの魔女の結界は、から刺激を与えると瘴気が反応するから。

 自然に消えていく分には、バランスを崩すことは無いのだろうけど。


「それより、これを」

 師団長は、魔術師団のバッチを私に渡してくれた。

「今日、冒険者ギルドに戻ったら魔術師団の団員として、しっかり働いてください」

 ギルド長を見ると、師団長に礼を言っている。

 なるほど、これの為にガウルさんは私を連れてここに来たのか。

 魔術師団から、冒険者ギルドに私を派遣したという形を取るために。

「ありがとうございます」

 私は、ニッコリとは笑わなかったけど、お礼を言った。


 こっそりパチンと指を鳴らす。


 そして数日後、私が冒険者ギルドで仕事をしていると、王宮の治療所にいた患者たちが劇的な回復と遂げたとの噂話が入って来た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る