第32話

 レイがお手洗いから戻ってきた。

 頬っぺたに手を添えて、ぽわぽわしているマナカを観察する。


「ちょっと、結城くん。マナカと何かあったの?」

「どうしてそう思うの?」

「2人から親密そうなオーラが出ているわよ」


 やれやれ。

 レイの目は誤魔化せない。

 何かをいおうとしたマナカを手で制して、テツヤは説明をはじめた。


「わかった。嘘はなしだ。さっき俺のクラスメイトと出会った。男子の3人組だ。レイさんとマナカさんは瓜二つだから、俺とレイさんがデート中だと、3人組は早とちりした。説明するのも面倒くさいと思って、マナカさんにレイさんを演じてもらった」

「まあっ⁉︎」


 レイは忌々いまいましそうに唇をかむ。


「こっちはプライベートなのに! 休日まで絡んでくるなんて、何様のつもりかしら! どういう権利があるっていうのよ!」

「まあまあ。レイさんの場合、有名税みたいなやつだろう」

「そんな詭弁きべんで私が納得するとでも?」

「いや、思わない」


 ここで問答しても時間とエネルギーの無駄なので、テツヤは話を進める。


「とにかく事なきを得た。レイさんとしても満足な対応だろう」

「そうね。結城くんの判断は悪くないわね」


 レイは一転、ニヤニヤした目をマナカに向ける。


「ふ〜ん、マナカが結城くんの恋人のふりをねぇ……」

「な……なによ……」

「マナカに氷帝なんてネーミング、似合わないと思ってね。だって、あなた、人の良さそうなオーラが出ているから」

「ふ〜んだ。どうせお姉ちゃんみたいに、クールでも、しっかり者でも、勉強ができる感じでもないよ〜だ」


 マナカはぺろりを舌を出した。

 レイは姉らしい口調で話を続ける。


「それでいいのよ。マナカの性格まで私とそっくりだったら、毎日家で戦争になるわ」

「えっ? 本当にそう思う?」

「もちろん。だって、私、やられたら2倍にしてやり返すから。どっちかの息の根が止まるまで戦争になるでしょう」

「えへへ。よくわからないけれど褒められちゃった」


 仲良しだよな。

 兄妹とか姉妹って、ギスギスした関係が普通だと思っていたが、この2人に限っては例外みたい。


 マナカが時計を気にした。

 いけない! 急がないと映画がはじまっちゃう! と。


「どうせ冒頭の10分くらいは予告編でしょう。急がなくてもいいわよ」

「どうしてお姉ちゃんは、お父さんみたいなことをいうかな〜。それにね、私は予告編も楽しみたい派なの〜」

「なっ⁉︎ お父さんみたい⁉︎」


 マナカの指摘はよっぽどショックだったらしい。


「どうしたの、レイさん? お父さんと仲悪いの?」

「かなしい……かなしい……かなしい……」


 10代の女子にとって、父親に似てきたの一言は、精神的ダメージが大きいらしい。


 シアターの券売機を見つけた。

 映画のタイトルを選んで、座席を確定させていく。


「けっこう空いていますね〜。真ん中の後列以外なら、どこでも選べますが?」


 マナカがいう。


「それじゃ、真ん中の真ん中でいいんじゃないかな?」

「じゃあ、ど真ん中にしますか?」


 マナカが水を向けるも、レイは無反応。

 とりあえずシートは押さえた。


 それからジュースとポップコーンを買った。

 レイとマナカは2人で1個をシェアするらしい。

 テツヤはコーラだけ注文しておいた。


「ここのお会計、俺が出すよ。チケットをもらう代わりに」

「え〜、ダメですよ。さすがに申し訳ないです」

「いいから、いいから」


 マナカは渋ったけれども、やや強引に払っておいた。


 シアターに入って、お客さんの顔をチェックする。

 知り合いはいなさそう。


「結城くん、警戒しすぎですよ」

「でも、レイさんに双子の妹がいること、学校の連中に知られたくないんだ」

「どうしてですか?」

「特別感があるから。秘密は秘密のままがいいから」

「へぇ〜。結城くんも人間臭いところあるのですね」

「当たり前だよ。ただの高校2年生なのだから」


 ここで1つ、問題が発生した。

 座席の並びである。


 レイが真ん中に座るか、マナカが真ん中に座るか。

 互いが互いにゆずり合い、なかなか決まらない。


「せっかくだから、マナカにしなさいよ」

「いやいや、ここはお姉ちゃんでしょう」

「でも、マナカの名前の方が、真ん中っぽくない?」

「なにそれ、バカにしている?」


 ケンカになると面倒だな、と思ったテツヤは仲裁することにした。


「こらこら、映画館でもめるなよ。他のお客さんに見られているよ」

「うっ……」

「ごめんなさい」

「今日は俺が真ん中でもいいかな。というか、ぜひ真ん中に座らせてください。ほら、俺がポップコーンをひざの上で持つから。それなら2人とも食べやすいだろう」


 けっこう無茶な理屈であるが……。

 テツヤが両手に花みたいになることで、この場はきれいに収まった。

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