第9話 新たな村を求めて
「エルロイ様! すごいすごい!」
空に回転しながら舞い上がる二枚の羽。
サーシャと村の子供たちの歓声がわっとあがった。
「も、申し訳ありません。私の娘などにわざわざご領主様の手を煩わせるとは……」
「娯楽は必要だよ。将来的には商品になるかもね」
エルロイはラングドッグ村の貴重な食料や資材でもあるカナリスの木――竹によく似た植物で竹トンボを作ってサーシャに渡していた。
娯楽に飢えていた子供たちの喜びようはすさまじかった。
目を輝かせて空に竹トンボを飛ばす美少女はよい目の保養だ。
「…………ご主人様?」
「みなまで言うな。甘やかしたい年頃なんだ!」
「ありがとうエルロイ様!」
満面に笑みを浮かべたサーシャが胸に抱きついてくる。
命を助けられたせいか、サーシャはすっかりエルロイになついてしまった。
いまだエルロイが十二歳であることを考えれば、将来似合いの二人と言えなくもない。
しかしエルロイは見た目通りの存在ではないのである。
ごく近所の小さな娘さんを世話する大人の目線で、紳士たるエルロイはサーシャの抱擁を受け入れたのであった。
「村の子供たちも喜んでおります。魔物に怯えることもなくなり、貧しき土にまで手を入れてもらえるとは……」
あれから数日の間にラングドッグ村の近辺から魔物は根こそぎ一掃されている。
そのあまりに一方的な蹂躙ぶりのせいか、外から侵入してくる魔物も激減しているようである。
「魔物というのは強者の気配には敏感なものですもの」
ユイの言葉を借りるならそういうことらしい。
理由はわからないが、仲間が大量に死んだ場所には魔物は近づかなくなるという習性があるそうだ。
大蛟を退治した以上、よほど強力な魔物でないかぎりしばらくは村の周辺は安全であるはずだった。
「さて、土壌改良も終わったところで…………」
このところエルロイはラングドッグ村の畑の開拓と土壌改良に勤しんでいた。
分析の結果、この村の土地が痩せているのは塩分濃度が高いことと、土中微生物が少ないためだと判明している。
土中微生物の餌となるフルボ酸を増殖させ、土魔法崩壊(クラック)の応用で固い大地を耕転することで、わずか数日でラングドッグ村の畑は生まれ変わった。
この豊かな土なら凶作に怯えることなく、蓄えに回すこともできると村長は涙ながらに拝跪した。
さらに塩分濃度が高いことを不審に思ったエルロイが調査したところ、数キロほど離れたはげ山に岩塩の層が見つかる。
おかげで村は塩不足どころか売るほどの塩を手に入れることができたのだった。
まだエルロイがこの村に来て一週間ほどしか経っていないのに、村人の目は余裕のない虚ろなものから生き生きとした輝くものへと変わっている。
誰もがエルロイがこの村の統治者であることを微塵も疑っていなかった。
「そろそろもうひとつの村を探しに行こうか」
作物の収穫までには時間がある。
村の防護柵の整備はエルロイがいなくてもできるはずで、というより村人が総出でこのくらいは自分たちでやらせてほしいと嘆願されていた。
「さらに北へ向かったのは間違いないんですね?」
エルロイの問いに村長は深く頷いた。
「あの先に見えるアルラト山を越えていくと言っておりました。あの山を越えれば、あるいは土地や風が変わるかもしれない、と」
「数年前訪れたという村人はなんと?」
「ここより水や土には恵まれているようです。ただ、魔物が多くどうやら亜人が近くに居住しているようなことを言っておりましたな」
「まさかオークか?」
もしオークであったとすれば、村が今も現存している可能性は少ない。
爆発的な繁殖力を誇るオークは、その獰猛な性格で人間と交渉することのできない魔物に近い種族であるからだ。
膂力が強く耐久性に優れ、彼らの人海戦術には王都の騎士団ですら手こずるであろう。
個々人の戦闘力は格別に優れているわけではなく、集団として威力を発揮するのがオークという種族であった。
「いえいえ、オークではありません。おそらくはドワーフではないかと」
「近くに鉱山でも?」
「そのあたりはわかりませんが、昔山へ採集に行った人間が見慣れない道具を見つけたというくらいで……」
エルロイの青い瞳が輝いた。
「いいじゃないか」
ドワーフはファンタジー世界ではメジャーな存在だが、この世界のドワーフもそう変わりはない。
矮躯で腕力が強く、手先が器用で鍛冶や道具造りに優れた才能を持つ。
もしこのドワーフとの間に交流が持てるなら、ウロボロスラントの統治に途轍もない利益をもたらすだろう。
「アルラト山を越えて探しにいこうか。幻の村とドワーフの集落を」
人口の絶対的な不足はエルロイにとって、大きな将来の悩みの種だった。
ドワーフの存在はその問題にも大きな糸口を与えてくれるかもしれなかった。
「で、ですがアルラト山の先は村の人間も一度として見たことのない領域、我々では道案内もできませぬ!」
「ああ、気にしない、気にしない。俺とユイだけで行ってくるから」
「はあああああああああああああああ??」
村長を始めユズリハやゴランたち全員の絶叫がこだました。
「なんとか俺だけでも連れて行ってくださいませんか?」
翌日、巨躯をしょんぼりと縮ませてゴランはエルロイに強請っていた。
「残念だけど、ユイの影疾走は主人である俺だけしか使えないんだよね」
そう、影使い(シャドウマスター)であるユイはエルロイを連れて転移していくことができる。
王宮内には魔法封じの結界が敷かれているため、ユイの転移を使用することはできなかった。
もっとも王城から外に出れば使えたので外出したときは、ここぞとばかりにやんちゃもしたが。
マルグリットとコーネリアに渡した魔道具はこの影転移のための保険でもある。
「私とご主人様は一心同体、光と影、比翼の羽。主従の契約ない者は影に潜むこと叶いません」「むう…………」
がっくりとうなだれるゴラン。その横でサーシャがよしよし、と背中をさすっている。
サーシャがアンデッド化したとき、ゴランがあれほどサーシャに依存していたわけを垣間見る思いであった。
「私としてはあまり賛成はできないのですが……」
「全くだ。護衛の仕事あがったりだぞ」
ユズリハとガリエラも眉を顰めている。彼女たちとしては主君であるマルグリットとコーネリアにエルロイの護衛を頼まれているのだから、
「無理はしないよ。一週間以内には戻るから」
「危険があれば私が無理やりにでも影に入れて帰還します」
自信満々にユイは豊かな胸を張った。
その重量感のある見事な揺れにロビンやゴランの視線が吸い寄せられるが、それに気づいた女性陣の視線はブリザードのように冷たかった。
「お父さん最低…………」
「ち、違うんだサーシャ! これはああああああ!」
たとえ十歳でも女性は女性ということか。
娘に白い目で見られたゴランはこの世の終わりのような顔をして頭を抱えた。
「ご主人様はいつでも見てくれていいのですよ?」
「…………それじゃ遠慮なく」
何度見てもユイの美乳は素晴らしい。
長年行動をともにして、一時は風呂までいっしょに入っていたエルロイではあるが、それでもやはり魅惑の肢体には目を吸い寄せられてしまうのだった。
「やはり女の敵ですね」
「女の敵だな」
「なぜか護衛の女性陣の点数が辛い!!」
美しい二人にゴキブリでも見るような目で侮蔑されると、さすがのエルロイもいささかへこむ。
しかし彼女たちの主人がエルロイに抱いている感情を考えれば、二人の点数が辛くなるのはむしろ当然のことであった。
エルロイの立場からすれば側室妾は当たり前でも、マルグリットもコーネリアも己の意にそまぬ嫌な男の相手を余儀なくされているのだ。
そのことを知っているにもかかわらず、ユイの微笑は揺るぎなく妖艶であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます