第188話 異議あり

「さて。まず最初に…去勢を始める。話はそれからだ。さ、準備を始めよ」

「待てぃ!いや、ちょっと待ってください!まずはどういう状況なのか説明してもらえませんか?」


 身に覚えのない罪で突然連れてこられて、いきなり去勢って意味が分からない。普通は最初に事情聴取とかじゃないのか?領主以外の室内の人たちもやれやれ、って顔してるぞ?女王様は目をつぶって首を振ってるし、ユーノは羞恥に耐えるような顔でプルプルしてるし。


「ふむ。この期に及んでしらを切るつもりか。よかろう。お主の罪をしかと分からせてから断罪するのもやぶさかではない」

「罪を犯した覚えはありませんが、お分かりいただけて何よりです」

「証拠はすでに出そろっておるというに、心当たりが無いとほざきよるか。お主、何故ここに呼ばれたかは分かっておろう?」


「それは…ヌルの街の武装蜂起?をそそのかしたとか何とか…」

「そんなささいなことはどうでも良いわい!お主は我が麗しの愛娘ユーノに横恋慕した挙句につきまとい、忘れ物や落とし物を徹底的に探し集めたであろう!」

「いぃ!?そっち!?それはクエストだってエリエルに言われて…」


 おかしい。マイリ-商店で捕まった時には確かにヌルの件でって言われたはずなんだが、全然違う案件で責められ始めたぞ?しかもこの領主、自分の娘のことを我が麗しの愛娘とか言ってるし。過保護と親バカを越えて、やばい領域に達している可能性がそこはかとなく。


「貴様…よりにもよって己の性癖を天使様のせいにするとは…」

「ルイ…。最っ低ー」

「アホ天使!天地神明に誓って間違いなくお前の指示だろうが!」


 エリエルはノリで俺をジト目で見ながら責めた後、テヘっ冗談冗談って顔してるが、今そんなことしてたら洒落にならんぞ。


「ちょっとばかり顔が良いからと調子に乗ってユーノに色目を使ったばかりか、その罪を天使様になすりつけようなど言語道断!本来なら死罪とするところだが転生者ゆえにすぐ復活して、再びつきまとい始めるに違いない!…というわけで、去勢だ。取ってしまえば二度と不埒な考えも起きまい。どうだ?分かったな?」

「分かるか!理不尽すぎるわ!…というかですね?そもそも発端は領主様、貴方にお会いするのが目的だったんですよ?」


 俺たちがエットに来たのは領主に謁見して、ウルガーを解放してくれるよう直訴するためだ。そのために冒険者ギルドの依頼や住民の依頼を達成して、街や住民に対する貢献度を高めてきた。ユーノの落とし物を拾って届けるのもあくまでクエストの一環であって…。


「何!?ワシに会うのが目的だったとな?………いかん、それはいかんぞ!ワシには妻も娘もおる。いくらお主が身長的にはワシとお似合いの背丈だからといっても、そのような…そのようなことは…。うむ。オホン。どうしてもと望むのならば多少の譲歩はしてやらんでも…」


「やだ…ルイ…愛の形は人それぞれだけど、他人の夫は良くないと思うよ?」

「何か勘違いされてませんかねぇ!?」


 このおっさん、娘への愛が重いだけじゃなくて思い込みが激し過ぎるぞ?よくこんな人が領主でエットもヌルも大丈夫なのか?


 突っ込み疲れたのと、頬を染めながらモジモジし始めたおっさんを見るに堪えず、ふと視線を外すと女王っぽい女の人に目が留まった。ユーノを大人にした風の美人さん、いやむしろユーノが似たのか。恐らくこの人が領主の奥さん、つまりユーノのお母さんだろう。


 最初から一言も発さず、微動だにせず、冷静にこちらを観察しているような雰囲気がある。がっつり目があってるのに少しも表情を変えることなく、何を考えているのか全く読み取れない。


 勝手なイメージかもしれないけど、偉い人とか貴族みたいな人は腹の探り合いとかが多いだろうし、為政者は感情に囚われない判断が必要になることも多いんだろうし。ひょっとしたらこの人が領主に助言したりしてサポートしているからエット周辺は無事に治まってるのか?というか実質的にはこの人が領主なんじゃ?


「む!?貴様!ぐぬぬ。領主さまぁ、貴方に会いに~などとワシに気がある素振りを見せつつ、本命は妻の方じゃったか!このワシの目の前で愛する家内と見つめ合うなど言語道断!もはや勘弁ならん!!」

「取りあえず話を聞いてくれませんかねぇ!?」


 このままでは何をしても犯罪者に仕立て上げられそうだ。そもそも当初の話と全然関係ないところで処罰されそうなところが本当に納得いかない。


「もはや問答無用である!我が最愛の妻と、ユーノに対して不貞を企てた罪で、一生涯このワシの…」

「領主様?」

「はぅっ!?あ、いや、しかし…」

「あ…な…た…?」

「あ、はい。すみません」


 領主が判決を言い渡そうとしたのを遮るように、奥さんが初めてしゃべった。ただ呼びかけただけなのに、効果はバツグンだ。


 室内の温度が下がったと錯覚してしまいそうな冷ややかな声音の一言で、怒り狂って真っ赤になっていた領主が、今は青ざめて冷や汗を流している。この奥さん、しゅっとしてて華奢な感じだけど、本当は怖い人なんだろうか?


「この者には何か言い分があるようです。まずは口を挟まず、全て聞いてみてはいかがでしょう。領主様にはお耳汚しにはなるかもしれませんが、此度の経緯を知ることは、ユーノのためにもなるかと思われます」


 奥さんはそう言いながら、ちらりとユーノに視線を向けた。不安そうに眉根を寄せているユーノを見た一瞬だけ、母の顔が垣間見えた気がした。


「ぐ、ぐぬむぬぐ…ユーノの…ためならば…いたしかたあるまい…。その不当に良い声でさえずるが良い!」


 今にも血の涙を流しそうな形相なのだが。そんな我慢するほど聞きたくないとか、俺のことがどんだけ嫌いなんだ。そのくせして見た目とか声とかをちょいちょい誉めてくるのも意味が分からんが。


 まあそんなことはどうでも良い。ようやく申し開きの機会が与えられたようなので、一通り説明することにしよう。


 ・・・


「ふむ。つまり、ウルガーの助命を嘆願するために、ワシと直接会おうと考えた。そのためにエットのギルドや領民たちの依頼をこなすなどして貢献し、名声を高めていた。そういうわけなのだな?」

「えぇ。何度も言いますが、ユーノ様の持ち物をお届けしたのは、あくまでもついでです。魔道具屋、防具屋、パン屋から広場、桟橋、井戸の底から森にいたるまでエットの隅々まで移動を重ねれば、ユーノ様の持ち物に出会うのは必然です。敢えて探し集めていたわけではありません」


 話し始めれば意外や意外。領主は冷静に話を聞いてくれた。ウルガーと知り合いで助命するために動いていたことを知ったユーノは驚いてたけど。奥さんは相変わらず無表情のまま聞き入っていた。ちょっとだけ片眉を上げてたのが驚きの表情なんだろう。


「証拠は無いが道理は通っている。後でウルガー本人に聞けば裏もとれよう。だが何故、転生者の君が地元民のウルガーの助命を求める?…はっ!?まさか…ワシというものがありながら、すでに奴と恋仲にっ!?」

「その流れはもう良いですって…。冒険者ですから。依頼ですよ、依頼」


 ヌルの街で地元民として過ごした事とか話しても良いんだけど、長くなるしやめておいた。それにヌルで過ごした日々は大切で、何となく、会ったばかりの人に気軽に教えたくなかったということもあったりする。


「依頼であれば、依頼人や依頼内容も秘匿されるべきか。領主権限で聞き出しても構わんところだが今は問わぬとして、だ。本題は、ヌルの住民に武装蜂起をそそのかした件だ。ウルガーを助けようと動いていたのであれば、ヤツがヌルでどのような罪を犯したのか知っていよう。ヌルの現状についてもな。住民たちにもやむにやまれぬ事情があるとはいえ、武装蜂起をそそのかしたそなたの罪は重大である!」

「ついさっき、そんなささいなことはどうでも良いとか言ってませんでした?」


 思わず突っ込んでしまった。ようやくまともに話ができるようになったんだから茶々を入れずに進めたいところではあるんだけど。この武装蜂起っていうのが全く心当たりが無いんだよなぁ。


 武装蜂起というくらいだから、大勢の人が集まって、たくさんの武器を持ち寄ってという状態なんだろう。怖い話だ。何が不満だったのか知らないけど、武器を持って集まるとか良くないと思う。


 まずはこの件について、何で俺が疑われることになったのか確認しないといけないところだけど。


「お父様、発言してもよろしいでしょうか」

「ユーノ?……うむ。この件を任せていたからには気になることもあるだろう。あの小さかったユーノたんが初めて領主の仕事のお手伝いをすると言い出した日。ワシは、ワシは…」

「貴方………ルイは以前私に、転生者と地元民は共存すべきと言っていましたね?あの言葉は嘘だったんですの?」


 一瞬にして違う世界に旅立った領主を無視して、ユーノが問いかけてくる。柳眉を逆立てて紅潮した顔で、どこか悲しそうな表情で。


 やはりこの人は、どこかで俺のことを信じてくれていたんだろう。だからこそ、俺が地元民を扇動したって聞いて、裏切られたような気持ちになったのかもしれない。


 それならちゃんと誤解は解いておきたいところだし、もういい加減この話も終わりにしたい。なので、さっさと結論から伝えることにする。


「俺は武装蜂起をそそのかしたりなんかしてないよ」

「この期に及んで嘘を吐くのですか!?ルイがエンで大量の武器を購入したという証言も、ヌルに出入りしている目撃情報も出そろっているのですよ!!」


 ユーノは目を大きく見開いて、きつくこちらを睨んでいる。固く握りしめた拳を震わせ、今にも泣き出しそうな表情で。


「私は…私なりにヌルの領民たちの問題を解決しようと精一杯努力してきました。その努力をルイ、いえ、貴方はまるで嘲笑あざわらうかのように…」


 ついにその瞳から、涙があふれてしまった。不器用だけど優しい、この娘のまなじりから頬をつたう雫が落ちる、その前に、伝えてあげなければ。


「ユーノさん。その問題は今頃、全部解決してるんじゃないかな」

「…ぇ?」


 怒って、泣いて、驚いて。


 くるくると表情を変え、感情を爆発させたユーノ。誤解を招いたのは俺の行動が原因みたいだし、結果として泣かせてしまったのは申し訳ない気持ちもあるんだけど。最終的に小さく口を開けたまま動きを止めた表情は、少し可愛い顔だった。

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