第181話 指名依頼、掃討戦
アーティが指名依頼の受諾をギルドに告げてから、数日の間。現状では難易度的に少し厳しいというレナエルの助言に従い、3人は回復用のポーションを補充したり、通常の討伐依頼を受けて連携の確認をするなど、わずかながら準備期間を設けた。
そして迎えた指名依頼。掃討戦、当日。
「オゥ、いるいる。ざっと見て…100は下回らねぇな」
「思ってたよりは少ないわね。けど敵が密集してるところもあるみたいだし、囲まれないように気を付けないと…」
「お前は
到着した廃農場はエット近郊の山の上、山頂にほど近い場所にあった。木々に囲まれており、空は晴れているにもかかわらず陽射しの角度のせいか一帯は薄暗い。どんよりとした重い雰囲気が辺りに漂っており、3人の頬をなでる空気も春先の柔らかな暖かさというよりは、どこか不快に生ぬるい感じがする。
見える範囲だけでも小規模な村ほどの広さがあり、建物や畑、柵に囲われた家畜の放牧場らしきものが見て取れる。それぞれの大きさからも、放棄される前はそれなりに大規模な農場であったことが伺えた。
しかし今、草は伸び放題で道を覆い、柵や石壁は所々崩れ落ちている。家屋や倉庫、放牧場に隣接する畜舎として使われていたであろう建物も、屋根や壁の一部に穴が開き、あるいは朽ち果て、遠くからでも廃屋とわかる。
昔ならば農場の働き手が行き交い、汗を流し、豊かな農作物と畜産加工品を生み出すことで賑わっていたであろうこの場所も今では、異形の者どものたまり場となっていた。
一見すると畑仕事をする農夫のように見えるのはガニーサックだ。カカシのような風体をしており、麻の袋を頭に被った藁人形の体がボロ布を身にまとっていた。両手に鎌を持ち、草刈りをするような姿勢で背中を曲げ、ゆっくりと農場内を徘徊している。
その間を縫って飛ぶのは巨大な蜂の魔物であり、ブーズー=ビーと呼ばれている。大型犬ほどの大きさで、一定の範囲内を高速で旋回し、移動と急停止をせわしなく繰り返している。飛行するたびに響く重低音の羽音は薄気味悪い廃農場の雰囲気を、より不気味なものにしていた。
「数は多いが所詮はザコだ。3人でこれくらいの数なら問題ないだろ」
アーティは一帯の不気味な雰囲気を特に気にする風も無く、腰に下げた二本の小剣を引き抜いた。エリア内に視線を巡らせ、彼から見てほど近い畑跡に比較的多くのガニーサックが集まっていることを視認する。その後、ゆったりとした歩調で近づき始めた。それを見たレヴィとシャロレも武器を構え、こちらはやや気負うように緊張した面持ちで後に続く。
「危険を感じたら無理をせず、撤退することを視野にいれておいてください」
レナエルは馬車の側から動く様子は無い。どうやら今回は一行のクエストにアドバイスはしても、物理的な助力は控えると決めているようだ。この依頼を受注するにあたり、反対はしないまでも積極的に勧めることはしなかった。しかし、何か思うところでもあるのか、細く整った眉にシワをよせて険しい表情を崩さないでいた。
(ザッ)
人々にとってそこが畑であるか否かは、草花には関係ない。しかし、元が畑であったと思われる場所は畔や道とは明らかに異なる風情で、明に区画するかのように雑多な植物がみっしりと生い茂っていた。旺盛な生命力がそのまま伸びあがったかのような繁みは、大柄なアーティの膝丈から腰までとどきそうな勢いだ。
その一線を越えた刹那。先に動いたのは狼か、カカシか。
襲い掛かってきたガニーサックの鎌と、迎撃するかのように飛び込んだアーティの小剣が交錯する。直後、高速の斬撃が光の糸を引いて2連、3連。胴体、肩口、麻袋の首筋へ太い爪跡を残した。
瞬く間に無残な藁束と化したガニーサックを青い光のエフェクトと共に打ち捨て、アーティは次の獲物へと襲い掛かる。
目の前で仲間を瞬殺されたガニーサックの反応は鈍かった。麻袋に穴が開いた程度の空虚な表情が、まるで動揺しているかのように揺らぐ。その隙をアーティが見逃すはずも無く、二体目はその鎌を一合も交えることができないまま彼の双剣の餌食となった。
「っ!?すごいわね…。双剣だからっていうのもあるんだろうけど、速さと手数が容赦ないわ」
「うん。手数もそうだけど足さばきも速いから、まるでステップを踏んでるみたいだね。ルイくんみたいに綺麗な感じじゃなくって、もっと荒々しいっていうか野生っぽい感じ?あ?!」
それまで余裕すら感じられたアーティの動きが、乱れた。豊かな獣毛の野太い尻尾をぶんぶん振りながら突如棒立ちになってしまう。その隙を当然のように襲われ、危機一髪のところでガニーサックの鎌を回避する。
「…聞こえてたみたいね。シャロレ、戦闘中のあいつは褒めない方がいいかも」
「うん、そうだね。私たちは私たちで、集中しよ」
そう言って頷き合い、レヴィは主にブーズー=ビーを、シャロレはガニーサックを相手取って戦闘を開始する。
アーティはガックリと肩を落とした後、八つ当たりをするかのように手近な敵へと襲い掛かった。
・・・
最初に異変に気付いたのはアーティだった。彼はここ最近、討伐依頼ばかりをこなしていたこともあり、敵の気配に対する感覚が鋭敏になっていた。
(おかしい…数が減ってる気がしねぇ)
戦闘開始からそれなりの時間が経過している。ここまで畑から畑へ、時には柵を超えて放牧地に侵入し、新たな敵を求め、それぞれの区画で敵を殲滅しながら移動してきた。当然、相当数の魔物を駆逐できたはずだ。
しかし敵の気配は薄れることも無く、依然として辺りに色濃く立ち込めている。圧倒的な戦果をもってシャロレに惚れ直してもらうべく奮闘してきた彼だが、一旦ふたりと合流すべきかと考えを巡らせ始めた。
その逡巡に答えるかのように。視界の端で。
地面に打ち捨てられていた麻の袋が、ふわりと浮き上がる。
一瞬、風でも吹いたかのように錯覚したが、自慢の体毛にはそよりとも感じない。
警戒を強めたアーティの目の前で、麻袋はぐにぐにと形を変えていく。空だったはずの薄っぺらい袋から瞬く間に大質量の枯草が伸び出したかと思えば、見る見るうちに両手に鎌を持ち、ボロ布をまとったカカシへと姿を変えた。
「
アーティは悪態をつきながら、シャロレとレヴィが戦っているであろう区画へと走り出した。
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