第168話 滞在先は


 敷き詰められた石畳が模様のように使われ、馬車の通り道と歩行者の道をゆるやかに分けている。まず目につくのは人の多さ、次いで道路沿いに並ぶ店の多さ。


 これまで訪れた村や街と違うのは、都市全体が立体的なところだ。一つ一つの建物が大きいということもあるが、それだけではない。


 領主の館があるという丘を取り巻くように街並みが形成されており、街の中での高低差も激しい。坂や階段が多く、ところどころに建物の上層同士をつなぐアーチ状の橋やトンネルもあり、道が複雑に入り組んでいる。低い土地の建物の2階に設けられた入口が、丘の上側では道に面していたりもするくらいだ。


 今は馬車で運ばれてるから良いけど、こんなところに急に放り出されたら、一瞬で迷子になりそう。馬車から覗き見る道沿いには商店や住居と思われるしっかりとした建物が整然と並び、簡易的な屋台というか露店のようなものはほとんどなくて…あ、今、屋台が集まっているスペースがちらっと見えた。


 広場みたいなところに集まってたから、指定された広場だけで営業が許可されてるとか、そんな感じなのかもしれない。なお飲食店はもちろんのこと武器屋や防具屋と思われる建物でさえも、外観のデザインが洗練されている。


「すっごい賑やかだね、ルイ!人も多いし建物も多いよ!どこまで行っても街って感じ!…で?で?何食べる?」

「やっぱ都会に来たんだから肉!とか魚!とかじゃなくて、何かおしゃれな料理とかだな!」

「おっしゃれな料理っ!……って、どんなの?」

「そうだなー、皿の真ん中にちょっとだけ盛られた感じの料理とか?」

「えー!?そんなの、ただ少ないだけじゃん!」

「分かってないなー、エリエル。皿の余白のとこには大人の余裕ってやつが盛られてるんだぞ」

「お腹減らない?」

「エリ、ルイ。まずは先に、宿へ向かいますよ」

「「えぇー?」」

「段取りはエットに着く前に話しておいたでしょう?何で嫌そうな声を出すのですか貴方たちは…」


 エットは規模が大きいので宿は多いが、相応に旅人も多いため、なかなか予約がとれないんだとか。ただ宿泊先についてはアーティに心当たりがあるらしく、今も馬車から少しだけ先を歩いて道案内をしてくれている。そのアーティを目印にしながら、レヴィが馬車を進めていた。


 言われてみれば、まずは宿に向かうとか何とか、そんな話を聞いた気もするけど。いざ初めての街を目の前にしてしまうと、取りあえず飯と観光に直行したい!


「それにルイ。見たところ、転生者が多いみたいよ?フードを被ってたら大丈夫だとは思うけど、街中では油断しないようにね?」

「ぐむ…。分かってるよ」


 御者台のレヴィからは特に目につくのだろう。促され、慎重に覗き見てみると、街を行き来する地元民にまぎれて、腕輪を付けたグループが何組も歩いているのが分る。


 ヌルから数えて3番目だし、転生者たちは割と早いうちに通過しているはずなのに、もっと先のフェムよりもたくさんの転生者がうろついてるのは何でだろう?何か人気の秘密があるのかな?


 お店では見たことないようなカッコいい装備や、地味な見た目でも明らかに性能が良さそうな武器防具を身にまとった人ばかりだから、かなり先まで進んでるのだろう。そんな人たちが、敢えて最初の方の街に戻ってきてるような印象だ。


 それにしても、春だというのに比較的軽装の人が多い。金属製の鎧の人はほとんどいなくて、南国風とでも言うのだろうか。涼しそうな格好の人が多いな。時々ブーメランパンツの水着一丁の人までいる…。


 そんな違和感を無視したとしても…良いなぁ。俺の状況的にはリリースされてからかなり経過したオンラインゲームを、遅れて開始した初心者みたいなものだ。古参のプレイヤーの人たちの充実ぶりを羨ましく思うのはしょうがないけど。


 なお耳の長いリスのような生き物を連れ歩いていたり、光る玉みたいなのをまとわせていたり、同行者を連れてる人も見かける。妖精さんもいるようなので、これならエリエルやレナエルを見られても大丈夫かもしれない。


 ただ、あの子達は少し無表情な感じなので、うちの天使たちのバカ騒ぎを見られたら変に思われるかもしれない。目立たないに越したことはないだろう。


 身バレには気を付けるけど、隠れて生きていくつもりはないし。バレない範囲でギリギリを攻めつつ、エットの街を楽しみたいところだ。


 道行く人たちを見ながらあれこれ考えていたら、目的地に到着したようだ。3階建ての大きな建物の横に倉庫のようなものが並んでいて、人や荷車が出入りしている。


 馬車から降りて軽く伸びをしていると、先に話を通してくれていたのだろうか。アーティが見知らぬ男性を連れて建物から出てきた。


 ・・・


 出迎えてくれた男性はマイリ-と名乗った。アーティと同じく二足歩行の狼かっていうくらい、獣成分は多め。だけどすぐに見分けがつくくらいは印象が違う。


 丸メガネをかけていて線が細く、対応も柔らかくて温和な印象を受けるんだけど、背が高くて引き締まった体つきをしており、メガネの奥の目つきは鋭い。線のような細い目なので視線が判りにくいが、ニコニコしながらこちらを品定めしているようにも感じられる。何て表現したらいいんだろ…インテリヤクザ?


「ルイさんといいましたか?ハ…アーティから話は聞きました。一般の宿には泊まれないそうですね?彼の紹介なら、特に断る理由もありません。ここに泊まると良いでしょう」

「すみません。お世話になります」


 エンでの遭遇戦により、俺の存在がバレてしまった。当然シェリーを始めとする転生者たちは、エットにも追手を差し向けていると予想される。街の中は人も多いし、フードを目深にかぶって雑踏ざっとうにまぎれれば、日中はそうそう発見されることもないだろう。


 しかし、街の出入りなどどうしてもフードを外さざるを得ない。特に宿では食事や洗顔など、フードを被りっぱなしというわけにはいかないシチュエーションが多いし、何よりそんな生活は窮屈きゅうくつだ。


 エットへの道中でそんな話をしていたら、アーティが自分の知り合いのところに泊まれと言ってきた。それが、このマイリーさんのお店である。


 お店と言っても、店舗で直接お客さん相手に小売の商売をしているわけではない。マイリーさんは各地から商品を集めて来て、エットのお店に卸している、問屋のようなことをしている商人だ。ここはそんな彼の事務所兼倉庫的な場所らしい。


「とはいえ宿屋ではありませんから、多少の不自由は我慢してくださいね」


 マイリーさんはそう言いながら糸目を細めてニッコリ笑うと、中へと案内してくれた。

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