第167話 エットに向けて
エンの街を出て、南へ。
シェリーさんとの遭遇戦からほどなく。霧は少しずつ薄くなってきているけれど、時間的にはまだ夜明け前だ。周囲は薄暗く、視界は悪い。朝もやを切り裂いて疾走するルカの両サイドに時折、牧場や農場が浮かんでは流れていく。
「おぅ。来たか。随分遅ぇ…って、おわ!?危ねぇなこの野郎!」
「あー、悪い悪い。視界が悪くってさ」
宿を出る前に打ち合わせしておいた通り、エットへ続く道の途中にアーティが立っていた。気付くのが遅くなり跳ねてしまいそうになったが、上手に回避しつつ文句を言ってきた。
気のせいか、いつもなら自分から安全に止まったり避けてくれたりするはずのルカが、ハネてもいいかなって感じの勢いで突っ込んでいってたけど…気のせいだよな?
「ま、あの程度の突進を避けるなんざ俺にしてみりゃ朝飯前…って何で突っつくんだよ!?おい!鳥!!」
「アーティ、楽しそうにじゃれてるとこ悪いんだが状況は?」
「天使といい鳥といい、しつけがなってねぇなお前のパーティメンバーは…。この辺は偵察済みだ。向こうに停めた馬車の周辺も、人の気配はない。さっさと乗り込め」
「ありがとな」
「お前のためじゃねぇ。シャロレさんのためだ」
ひらひらと追い払うように手を振りながら言われたが、シャロレの安全だけなら馬車の周辺だけ気を使えば済む話だ。馬車から少し距離を取ったここまで警戒を広げてくれてたのは…そういうことだろう。
「何ニヤニヤしてやがるんだ!さっさと行きやがれ!」
「おうよー」
お言葉に甘えてこちらもひらひらと手を振りながら馬車へと向かい、合流。ルカも転生者たちに見られてしまったので、伴走させると目立ってしまう。名残惜しいけど、ひとモフりしてから送還。一応さっと周囲を見回して、馬車の荷台に飛び込んだ。
中に入ったとたんにシャロレにギュってされて驚いたが、少し心配させてしまったみたいだし、甘んじて受け入れる。そのまま小声で御者台のレヴィに馬車を出すようお願いして。
幌の両サイドに灯るランタンの灯りを揺らしつつ、馬車がゆっくりと動き始めた。
・・・
「初めてのエットなのに…」
「しょうがないよ、ルイくん。街の出入りは人が多いし、門番の人の前ではフードを取らないといけないから」
エットへの道中は平和だった。魔物に襲われることもあったが、現れたホブゴブリンやオークは馬車を並走しているアーティが倒してくれた。
両手に持った小剣を器用に操りながら、素早い動きで危なげなく対処。その様子を見ていたレヴィが ”ちゃんと働いて役に立ったら、それはそれでムカつく” などと理不尽なことをつぶやいていたが。
少しだけヒヤッとしたのは、転生者らしき集団が迫ってきた時。夜が明けた頃合いを見て道端に馬車をとめ、朝食休憩をとっていたのだが、エン方面から騎馬の一団が砂埃を上げ、猛スピードで向かってきた。
こちらに近づくにつれて少しずつ速度を緩めていたので、警戒しつつ様子を見ていたところ、こちらの様子を伺いつつも特に話しかけてくるようなこともなく、そのまま通り過ぎてエット方面へ走り去った。俺は馬車の幌に隠れて朝食を摂っていたので転生者たちの姿を見ることは無かったけど、一団の中にシェリーや連れの人は含まれていなかったそうだ。
そんなことがあったので、その後の旅路も念のため、昼夜問わず馬車の荷台に缶詰め状態。
そうしてようやく辿り着いたエットだ。ここ数日の退屈を吹き飛ばすべく、街を遠望しようとワクワクしながら荷台から身を乗り出そうとしたら、シャロレに止められた。フードを目深にかぶっていれば大丈夫だと思うんだけど、何かの拍子で外れたりしたら大変だから、って。
というわけで。
「あれは…中途半端な外壁?街を一周グルッと囲んでるわけじゃないんだな?」
「えぇ。エットは大きな都市だけど、全部を大きな壁で囲うのは現実的じゃないのよ。それに、都市全体が真っ平らな土地ではないの。領主の館は丘の上だし、街の中を突き抜けるように東西に川が流れてるし。そんな地形的な理由もあるかもね」
御者台側の出入口のカバーを少しだけずらすと、三角に切り取られた風景が車窓のように少しずつ変化していくが…うん。これはこれで楽しめる。徐々に近づいてくるエットを眺めつつ独り言のように感想を漏らしていたら、御者台のレヴィが背中越しに教えてくれた。
そびえたつ外壁でぐるりと囲われた城塞都市のようなものを勝手に想像していたんだけど、イメージとは少し違っていた。
その一つが水路。壁に代わって境界線のように都市をぐるりと囲んでいる。とはいえそれほど幅の広いものではなく、せいぜい小川くらいの印象だ。水路を超えた街側は建物の壁の部分もあるが、森や空き地になってたりもする。転生前ならいざしらず、今の身体能力なら軽く飛び越えられそうな水路だが…。
「入口として指定されてるところ以外から不法侵入したら、衛兵が飛んでくるわよ?」
「大きな街や都市は、警備に魔道具が使われてるの。他所の街では魔法の結界とか、罠とかもあるらしいよ?」
「罠って…」
重要な拠点への侵入はそれだけで罪になるため、罠が仕掛けてあったりするそうだ。あるいは空を飛べる騎獣で侵入しようとした場合は結界に阻まれるんだとか。これまで小規模な村や街が多かったから知らなかったけど、都会では意外と魔法や魔道具が身近なんだろうか?
そんな話を聞いているうちに、エットの門が近づいてきた。流石は領主のおひざ元というべきか、他所の村や街に比べれば出入りする人が多い。隊商、冒険者、旅行者のような格好の人が行儀よく順番待ちをしている。列は少し長いけど、遠目に先頭を見れば確認している衛兵さんの数も多いようだ。
ちなみに身分証の確認は衛兵さんが馬車を覗き込んで、中の人の分を確認してくれるそうな。乗合馬車なども多いため、全員が一旦降りて手続きをするのは面倒だからという理由らしい。
列はスムーズに進んでいき、冒険者証の確認も無事に終わった。馬車は水路に渡された跳ね橋を越え、開け放たれた大きな門をくぐる。
街の中の第一印象は、思い描いていた通りの都市だった。
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