第162話 追われる身の上


「ふぅん。お前達、お尋ね者だったのか」

「ルイだけだよ、ルイだけ!」


 お湯を借りて泥を落として、夕飯を食べながらアーティに俺の事情を少しだけ教える。といっても細かいところは抜きにして、腕輪を巡って狙われているといった主要な部分だけだ。


「じゃあお前の腕輪を奪って転生者に売り払っちまえば大金が手に(ふぅ~)アオォォン!?」

「あっはー!面白ーい!!ホントに息を吹きかけるだけでお仕置きになるんだ?」

「このクソ天使ども!黒いのも白いのもロクな性格してねぇな!」


 悪巧みを口にしたアーティがエリエルのおもちゃにされているわけだが。殺伐とした空気になってるわけじゃないのでじゃれてるだけだろう。


 アーティには、俺が売るならいざしらず、地元民が転生者に腕輪を持って行っても本物か偽物かわからないだろうし、高額で買い取る者は居ないだろうと教えておく。こわごわ鼻をさすりながら冗談に決まってんだろ馬鹿かって言われたけど、こういうのはちゃんと否定しておかないと。


「んで?どうすんだよ」

「どうするも何も、なぁ。シェリーさんとやらは明日も来るみたいだけど、早朝に出発すれば問題ないんじゃないか?」

「朝パンは?」

「あきらめろ」

「えぇ~!!焼き立ての朝パン、楽しみにしてたのに!」


 エリエルよ、気持ちは分かる。あきらめろとは言ったものの、俺だって麦の灯りの焼き立て朝パンを楽しみにしてたんだ。それに、せっかくだから午前中は武器屋のミノさんに挨拶して、屋台とかも冷やかして。昼ぐらいに出発できればって思ってたくらいだけど、この状況ではそれも叶うまい。くそっ。転生者どもめ!


 あなたも転生者でしょ、とレヴィに呆れられているが、それはそれ、これはこれである。食べ物の恨みをギリリと奥歯で噛みしめていると、宿の亭主が俺たちのテーブルにやってきた。軽く周囲を確認して、小声で話しかけてくる。


「ルイ。ゴミを捨てに外へ出た宿の者が、不自然に立ち止まって宿の様子をうかがっている転生者を見かけたそうだ。どうやらお前、待ち伏せされてるみたいだぞ」

「!!」


 夕食時の雑談が醸し出す、暖かで緩んだ空気に、一瞬で緊張が走る。続いて告げられたのは、宿の人は1人しか見ていないが、おそらく数人はいるだろうという情報。それと、出発時間は深夜でも早朝でも気にしないで良いし、宿泊客が通常使う表の出入り口ではなく、厨房を通って裏口から出立しても構わないとのこと。


 突然の警告に驚かされ、続く気遣いに再び驚かされた。すごくありがたい話ではあるんだけど。1年前に長期とはいえ、たった1ヵ月泊っただけの俺に、どうしてそこまで便宜を図ってくれるのか聞いてみた。すると、掃除とか、料理とか、宿として大切するべき基本的な事について思い出させてくれたから、という答えが返ってきた。


 こちらとしては勝手に掃除して、勝手にパンとかプリンとか焼いただけなんだけど、それでも、だそうだ。何だか申し訳ないけど、気持ちは本当にありがたい。


 なお、さっき泥を落としながら聞いた話だが、転生者からの質問はハチミツパンやプリンに関することが多かったそうだ。亭主がうっかり転生者から教えてもらったとか話しちゃったみたいなので、その後さらに多くの野次馬が宿に殺到したのは自業自得とも言えるだろう。


 ただ、ごく一部の、ほんの数人の転生者からは「ルイ」「銀髪」「腕輪」というキーワードの質問があったそうだ。これは亭主も漏らしていない情報なので、聞いてきた転生者が仕入れたのは別ルートなんだろうけど。どっから漏れたんだろ?


 なお亭主はハチミツパンについては改良を重ね、より一層美味いパンが焼けるようになったそうだが、プリンの出来栄えについては一向に上達しなかったそうだ。


 ハチミツパンは材料である高級ハチミツが少なくなったので販売終了。プリンは元々上手にできないので頼まれても作らない。そうこうしているうちに問い合わせてくる転生者もほとんど来なくなって、今ではだいぶ落ち着いてきたところだった…のだが。


「相変わらずの間の悪さよ」

「滅多に来なくなったはずの転生者に鉢合わせって、流石ルイだね」

「どうするの?ルイくん。荷台にでも隠れとく?」

「いや、乗り込む時に見つかったらアウトだと思う」

「けっ!包囲網なんざ食い破っちまえば良いだろうが」

「あんた馬鹿なの?街中で大立ち回りなんかして、衛兵に捕まったら大変じゃない」

「あ、でもアーティさんに独りで突っ込んでもらって、捕まってる間に私たちが逃げれば…」

「シャロレさん?何で俺を犠牲にして逃げちゃうんです?」


 できれば街中でのトラブルは避けたいところだ。宿にも迷惑をかけたくないし、向こうの戦力は不明だけど決して弱くはないはずだ。アーティをおとりにしたとしても、結局は俺たち全員が責任を問われることになるだろうし。仮に無罪放免、いずれ釈放されるにしても、今はその時間も惜しい。…いや、囮…悪くないかも?


「そうか…そうだな。それで行こうか」

「おいルイ!手前ぇまで…」

「いや、犠牲っていうか。むしろアーティたちは戦闘にはならないよ」

「オゥン?」


 どちらかと言えば俺の方だけど…たぶん大丈夫だろ。

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