第159話 雨の日の過ごし方


「随分遅くなっちまったな」

「しょうがないよ。久しぶりだったんだし。…けど、振り出しちゃったねー」


 エリエルと二人、降り始めた雨の中。ビアデ牧場からエンへの道を歩いている。すでに夕暮れ時も過ぎてしまい、辺りはすっかり暗くなってしまった。バルバラの杖に魔法で灯したライトの灯りが、降りしきる雨と道だけを白く切り取るように浮かび上がらせている。


 ヌルから同行してきたレヴィ達とはエンにたどり着く直前に別れ、俺とエリエルだけビアデ牧場に立ち寄った。


 ビアデさん一家は突然の訪問にもかかわらず再会をとても喜んでくれた。ビアデさんはもちろん、桜眼病がすっかり治ったラフさん、相変わらず快活な様子のシェット君。みんな元気そうで何よりだった。またすぐに旅立たなければならないことを告げた時には、とても残念がってくれたのだ。


 あまり長くは話せなかったけど、少しだけ旅の報告をして、トヴォの魚介やトルヴの果物など、いくらかのお土産を渡すことができた。代わりに、またたくさんの乳製品や農作物を貰うことになってしまい、最終的には物々交換みたいになってしまったが。


 ルカもシェット君を覚えていたようで、甘えるというよりはご挨拶みたいな首振りをしていた。少し大きくなったように感じていたのは間違いじゃなかったようで、シェット君いわく通常の個体よりも大きく育っているみたい。


 牧場での育成の参考にと、ルカの普段の食事や運動について聞かれたけど、特別なことはしていないので何とも。割と細かく教えたものの、シェット君にもこれといった原因は分からず、元々そういう個体なんだろうということで一先ず落ち着いた。


 なお運動について説明をする際に曲乗りを披露したのだが。ルカと一緒にビシリとポーズを決めたところで、“たったの1年でこれほどの信頼関係を築くことができるのは、ちょっと気持ち悪い” というお褒めの言葉をいただいた。表現に若干の違和感を感じるが、俺とルカの絆を認めてくれたことには違いないだろう。


 本当はレヴィ達三人もビアデさんたちに紹介したかったのだが、アーティが先にエンへと向かったせいで、はぐれてしまっていた。なので、レヴィ達にはアーティの回収と宿の予約をお願いしたのだ。二人だけに任せるのは少し不安もあったけど、レナエルも居るから大丈夫だろう。ついでに軽くお仕置きしておくようお願いしておいたし。


 雨も降ってきたし、こんな遅い時間では麦の灯りには空きが無い可能性もあるから、結果としては先に行って予約しておいてもらって正解だったかもしれない。


「ルカの分の雨具も作らなきゃなー」

「あ、だから濡れないように牧場で送還してたんだ。でもルカの羽根、川の水とか海の水を弾いてたよ?雨も平気なんじゃない?」

「ん、そうだろうな。でも、身体を冷やしちゃいそうだし。風邪でもひいたら可哀そうじゃないか」


 過保護だよねーなどと言われているが、あんなに可愛いんだから当然だろう。しかも、牧場から街へと続く道は街中のように整備されてはいない。土を踏み固めただけの簡素な道は雨の逃げ場も無く、既にぬかるんでいた。


 馬車が作った太めのわだちのあちこちには、水たまりというのか泥だまりというのか危険なポイントが点在しているわけで。泥でも跳ねて魅惑の白ぽわボディが汚れたら大変だ。


「ルカは足が長いし、道悪でも大丈夫じゃない?空を飛べるあたしは言うまでも無く問題ないし。むしろ一番心配なのは、ルイ?」

「俺の足が短いんじゃない。成長期なだけだ」

「の、割りには、身長伸びないよねぇ」


 ニヤニヤとからかってくるエリエル。確かに、気になってはいたのだが。今の俺は人間なら成長期くらいの年齢で、急激に背が伸びてもおかしくはないお年頃だ。正確に測っているわけでもなければ全身を映す鏡があるわけでもないから、確認のしようもないけど、どうも成長が止まっているように感じていた。


「だーいじょーぶ、男は見た目じゃないよ!身長が低くっても、ほら、あたしとならお似合いだよ!」

「お似合いってお前、手のひらサイズじゃ…とぅわ!?」

「ルイ!?」


 おしゃべりに夢中で、足元をおろそかにしてしまったのがいけなかった。わだちの凹みと対を成すように道の中央は盛り上がっていて。限界まで雨を吸った土の山を踏みしめた足が、ぬるりと滑った。


(べしゃーん)

「うひゃあ!」

「っきゃあ!?」


 派手な音を立てて、泥だまりにダイブしてしまった。転んだ瞬間フードもズレてしまったのだろう。顔はもちろん、髪の毛まで泥だらけだ。


「もー、びっくりしたぁ。ルイ?だいじょう…ぷっ!くっ、くふっ、だ、だいじょう、ぶっふー!あーっはっは!何その顔!泥だらけ!あっはー!」

「…。」


 一瞬、心配してくれてたのは良い。そこは、まぁ、評価してやらんでもない。だがしかし、だがしかしだ。今の俺がどんな姿をしているのかは分からないけど、いくら何でも笑い過ぎだろう。


「ふっ、ふふっ、はぁ。もう、ホント面白過ぎ…ってルイ?何でこっち来んの?そんなひどい格好じゃ、あたしまで汚れるじゃん!」

「大丈夫だ。男は見た目じゃないんだろ?」

「そ、そういう問題じゃないよね!?」

「お似合いっていうくらいなら、同じ格好になるべきだと思わんか?」

「あ、あたし、おそろとかペアルックとか、そういうのパスで…」


 じり、じりと近づく俺。じわ、じわと後ずさるエリエル。


「遠慮すんな!」

「嫌!いや~馬鹿ルイィ~!!」

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