第124話 職人のスイッチ


「お茶の時間ですよー」

「おー、もうそんな時間かぁ。お前らー、ルイがお茶の用意してくれたぞー。休憩だー」

「「「おーぅ」」」


 昼食と夕食の、ちょうど間くらい。アラカのエプロンを着けて温かいお茶とお茶請けを並べ終えた俺が作業場の方へ声をかけると、心持ち陽射しが柔らかくなってきた加工所前の広場に、どやどやと職人の皆さんが集まる。


「もう流石に冷えるなぁ。そろそろ茶も作業場内にするか」

「ルイが片付けてくれてますからね。だいぶスペースに余裕もできましたよ」

「みなさんが協力してくださったおかげですよ。片付けたせいで却って仕事がやりにくくなった、なんてことにならなくて良かったです」


 加工所に通い始めてから一月ほどだろうか。おおむね片付けと掃除は完了していて、時々維持するための掃除や整頓をするだけで良い状態になっている。


 加工所は家と違って、たくさんの職人さんたちが作業する場所だ。当然、みなさんそれぞれに資材、工具、設備の配置の好みや移動ルートのクセがある。勝手に俺の好みで片付けて、却って仕事がし難くなったなんてことになれば家事妖精の名折れである。


 なので最初は簡単な掃除から始め、仕事の邪魔にならないタイミングを見計らって職人全員にそれぞれ話しかけていき、職人見習いとして仕事についての教えを請うことから始めた。


 そうして集めた職人たちの仕事内容、移動範囲とルート、使用する道具などを把握したら、今度は家事担当として最適な工具の収納場所を検討してクグノ親方に提案した。


 使い慣れた配置ってもんがあるんだがなぁ、と親方は当初難色を示していたが、とりあえず一か所だけ棚の配置を変えて様子を見たところ職人たちには大好評。それを受けて、俺の提案を全部採用してくれた。実際に作業効率も上がって上機嫌になった親方は特別報酬も約束してくれた。訓練所の設備類でもお願いしようかな。


「いやぁ。片付けだけじゃなく、掃除も見事なもんだ。綺麗な作業場だと気持ち良く仕事ができるし作業も捗る。それにルイが来てる時はお茶の時間が楽しみでよぉ。茶の時間まで頑張ろうなんて、変にやる気が出ちまう」

「んだな。珍しいもん食わせてくれるしな。まさか果物の漬物が出てくるとは思わなかった。酸っぱくて甘くてうめぇ」


 職人さん達とはすぐに馴染んだ。最初はもちろん誰だコイツみたいな雰囲気ではあったが、弟子見習いとしての聞き取りや掃除片付けをする俺の仕事ぶりを見て、すぐに認めてくれた。加工場の皆は仲が良く、仕事仲間となれば身内同然だ。作業中は比較的無口で職人気質なみんなも、お茶の時間ともなれば口々に話しかけてくれる。


 今日のお茶請けはフルーツピクルス。この村の人たちは果物をそのまま食べる傾向があるので、受け入れられるかちょっと心配だったけど、気に入ってもらえたようで何よりだ。トルヴ産の柿やブドウなどの果物をハチミツ入りの酢で漬け込んだだけの簡単なものだが、この村では珍しかったらしい。


 ピクルスはひと手間かけただけでいつもとは違う味わいになる。砂糖や塩のほか、スパイスを入れても面白い味になるんだけど、あいにく手元にない。…いつかは探しに行かねばなるまい。


「けどルイよぉ、最近加工所の方に顔を出す日も多くなってきたけど、訓練、か?嬢ちゃんたちの方は大丈夫なのか?」

「順調ですよ?この1ヵ月でレヴィとシャロレのレベルも15を超えましたし、2人で組めば、オークの2~3体くらいは問題なくなりました。万が一5体とかの群れが現れたとしても、安全に撤退できるようにポーションを山ほど持たせてます。あまり遠くには行かないように伝えてますし、心配ないですよ」


 レヴィシャロの2人は順調に強くなっている。数日間は訓練だけにして各々の武器の基本的な動きを確かめた後、俺と一緒にオークと戦ってみた。二人は俺の後ろから弓で援護する、いわゆる後衛での戦い方には慣れていたが、前衛として魔物と正面から近接武器で戦うのは初めてだ。当然、前衛と後衛、この2つは根本的に違う。


 最初は恐怖心と緊張感から動きもガッチガチで、危ない場面さえ何度かあった2人だが、徐々に戦いの感触をつかんでいった。やはり戦闘系の職業のステータスやスキルの恩恵は大きいのだろう。もともと獣人として基礎的な身体能力が高いのも理由かもしれない。1人1匹のオークを相手にできるまでに、それほど時間もかからなかった。


「そうかぁ。あんなに小さくて可愛らしい嬢ちゃんたちなのに、立派なもんだなぁ。まずは強くなって、それからお前ら、いずれは遠くへ旅に出るつもりなんだろう?」

「えぇ、まぁ。春先くらいですかね?とりあえずエット方面に行くことになるんでしょうけど」

「んで、移動手段はどうすんだ?」

「移動手段?・・・あ!?」


 そういえば、俺にはルカが居るけど2人は徒歩だった。近場の距離なら2人に合わせて歩いてもいいけど、今後は遠距離の移動も増える。そもそもエットまで歩いていこうと思ったら時間がかかり過ぎるだろう。


「考えてなかったのか?しっかりしてんのに抜けてんだな!」

「馬か、ポワ・クルーかなんかの騎獣にそれぞれ乗るってのも良いが、集団で長距離移動するなら馬車も便利だぞ。1人が御者をやってる間に、他のメンバーは休憩できるからな」

「馬車かぁ。便利そうだけど、フェムとかで売ってるかなぁ」


(ギラリ)

「…ぇ?」


 何故か職人さんたちの動きが止まり、和やかだった場の空気が一変した。みんなの表情に陰が下り、けれども目だけが急に鈍く光ったような…気が…。


「ぉおいおいルイ。お前、ここを、どこだと思ってんだぁ?」

「なあ?見習いとはいえ、フェムで売ってるかなぁ、なんて。クグノ工房の弟子が言っていいセリフじゃあねぇなぁ」

「え?あれ?みなさん…?」


「「「作るに決まってんだろぉが!!!」」」


「うぁい!?」


 全員が同時に立ち上がり、全く同じセリフを言い放った。普段は優しいおじさんお兄さん系の職人さん達なのに、今は鬼のような形相だ。一瞬にして全身にミチミチと音がするほど力を漲らせ、筋肉は隅々まではちきれんばかりに盛り上がり、背中からは何か訳の分からないオーラのようなものがゆらりと立ち昇っている。


「おい!図面引け図面!」

「革のやつらと布のやつらに連絡しろ!」

「あ…あの、みなさん?」

「他の仕事は後回しだ!先に資材押さえにいくぞ!親方ぁ、金はぁ?」

「冬の備えが裏にあんだろが!あるだけ持っていけぇ!ケチんじゃねぇぞ!」


 一斉に動き出したみんなに声をかけるが、聞いてくれそうにない。そこかしこで馬車製作の指示や確認が飛び交い始めた。とても慌ただしいのに統制がとれているという、職人たちにとって理想的なゾーンにいきなり突入してしまった様子。こうなると集中のあまり、不要な情報は一切遮断されてしまう。話しかけても耳に入らないのだ。


 何か不穏な単語も聞こえたんだが…。備えって、冬を越すために蓄えていたもんじゃないの?使って大丈夫なの?っていうかそんな大切なお金含めてケチらず突っ込んで作る馬車って、とってもお高いんじゃないの?


 この1ヵ月で、決して品質に妥協しない職人さん達であることは身に染みている。恐らく最高の素材で、最高の職人が、最高の馬車を仕上げてくれることだろう。話の流れから俺のために作ってくれるんだろうとは思うけど、いったいいくらになるのか恐ろしくて聞けそうにない。


 不用意な一言でうっかり特大の地雷を踏んでしまい、独りその場に取り残された俺は、これから始まるであろう長い節約生活に思いを馳せ、ちょっと涙目になりながらお茶の片づけを始めた。

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