第121話 狼さんとルイ


 狼獣人は話に聞いていた通りの容貌で、どうやら俺が見かけた人と同一人物だったみたいだ。


 みっしりと生えた長めの獣毛は二足歩行の狼といった風情。鎧などは着ておらず、山賊スタイルというのか海賊スタイルというのか。上半身はベスト、下半身は少しダボッとしたズボンで、腰巻きには二本の剣を刺している。


 あの時は狼のコスプレをした変な人と一緒だったとはいえ、彼自身には変わった様子はなかった。なのに今は瞳をらんらんと輝かせ、震える口元からは血が滴り落ち、怪しさ満点だ。不審者以外の何物でもない。


「性懲りも無くまた現れたのね」

「あん?何だまたお前かよ。あー、いいか?お前がこのお、おお、お嬢さんの友達なのか何なのか知らねぇがな、俺はこの、お、おお、おおお嬢さんを王都へ護衛して差し上げようってだけで、お前みたいなちんちくりんには用は無いんだ。頼むから大人しく引っ込んどいてくれや」


 狼獣人からシャロレを護るように、二人の間に割って入るレヴィ。軽くあしらおうとする狼さん。出遅れた俺はさりげなくシャロレの横に付いて、いつでもカバーに入れるように待機している。


「ち…ちんちっ!あんた馬っ鹿じゃないの?引っ込めるのはアンタの舌よ!この噛み噛みおおかみ!」

「かぁ!?か、かか噛んでねぇよ!!俺がいつ噛んだってんだ、あぁん!?背だけじゃなくて耳も小せぇから聞き間違えたんじゃねぇのか、このチビッ子仔馬!」

「誰ぁれがチビッ子仔馬よ!あたしとシャロレは…」

「シャロレさんっていうのか!?アウッ、何て可愛らしい名前だ!!」

「あ、しまった!?」

「待ってレヴィ。大丈夫だから。あの…狼獣人さん…」

「アオーン!声まで!何て!可憐なんだっ!あの、お、ぉ俺のことは、どうかア、アーティと呼んでください!」

「アーティさん、私たち、もう護衛は必要としてませんから」

「オゥン?何で、です?ついこの間、王都に行くための護衛をさ、探してませんでした?」


 低レベルな言い争いが始まりそうな感じだったのだが、シャロレがレヴィを手で制し、アーティの正面に立つ。


 こういうタイプは苦手で、言葉が出なくなるって聞いてたけど、今は物怖じもせずに堂々した態度だ。心境の変化というやつだろうか。アーティは一瞬興奮したものの、疑問の方が勝ったのか、今はキョトンとして少し醒めた様子だ。


「はい。でももういいんです。私たち自身が冒険者になりましたし、王都にも行く必要がなくなりましたので」

「あ、お、そ…そうですか。…あ!じゃ、じゃあ俺とパーティ組みませんか?先輩冒険者として付き添いますよ!お、俺は元々用事があって、行かなきゃいけない街があって、このフェムは偶々通りがかっただけなんですが。その街だけ付き合ってくれたら、後はレベル上げでも何でも幾らでも付き合いますから。む、むしろパーティというか、じ、人生のぱ、ぱぱぱパートナァーになーははんて…」


「あ、それも結構です。先輩冒険者ならもうパーティに居ますから」

「け、結構…クッ!いや、そんなやつどこに…」

「あ、俺ですが」

「・・・。シャロレさん、こんな頼りないやつなんかより、お、俺の方が断然お役に立ちますよ」


 アーティは俺のことに気づいてはいたんだろうけど、体格の差もあって眼中になかったのだろう。一歩進み出た俺が声を上げると、驚いた顔で俺を見た後、馬鹿にしたようなニヤけ顔でシャロレにアピールする。


 けれど、その言葉を聞いたシャロレの反応は劇的だった。


「ルイ君は頼りなくなんかない!私が全てを捧げてお世話する人なんだから!」

「ス…スベテ…」


 目玉が飛び出しそうなくらい驚愕するアーティ。っていうか、ちょっと飛び出てる。大口を開けてカタカタ震えて、端の方から真っ白に燃え尽きていったのだが時間を巻き戻すかのように本体に色が戻っていく。ぎりぎり何とか耐えたって感じか?


 さっきから思ってたけど、いちいち感情表現が豊かだなこの人。動きも海外のアニメを見てるみたいだし。などと他人事のように眺めていたら、今度は俺の方にからんできた。


「おい手前ぇこの野郎!お、お前のようなガキがシャロレさんのす、すすす全てを、なんざ100年早いんだよ!」

「お、おう。奇遇だな。お前がどんな想像をしているのか何となく分かるが、俺もそういうのはまだ早いんじゃないかと思うぞ」

「そんな!ルイくん!? 」

「あー、シャロレ、ちょっと落ち着いて?話がややこしくなってるから、こっちおいで?」

「むぐぅ!?もがぁー!」


 レヴィ、後は頼んだ。本当に。とりあえず鎮静効果のあるハーブか何かを使って、早々にお薬を開発することを真剣に考えよう。


「…手前ぇ。俺のシャロレさんをたぶらかすとは良い度胸じゃねぇか」

「もちろんシャロレはお前のものじゃないし誑かした覚えも無いんだが。話を聞こうとか、そういう感じじゃないな?」


 今までのコメディみたいな顔を引っ込めて、ドスの利いた声で脅しをかけてくるアーティ。雰囲気が一変して、やや殺気さえも感じられるほどだ。できれば街中でトラブルは避けたいところだけど…。


「うるせぇ!すましたツラしやがって!ヒラヒラしたローブにトンカチのアクセサリーなんか着けやがって!お前みたいな軟弱な野郎なんかにシャロレさんのパーティメンバーが務まるかよ!!」

「…訂正しろ」

「ワォン?軟弱者のくせに、怒りやがったのか?バーカ、訂正なんかするかよ。悔しかったら実力で俺を黙らせてみろやこの根性無しが!」


 アーティは腰に差した二本のショートソードを引き抜いた。もはや戦闘は避けられそうにないが、今の発言は俺もちょっと許せそうにない。応戦する意思を示すかのように、杖を片手に少し距離を取って対峙する。


 これほど騒げば周囲も異変に気付く。何事かと人が集まってくるが、地元民ばかりでまだ転生者は居ないようだ。これ以上目立たないように手早く済ませて、なおかつ穏便に済ませたいところだが…あれを試してみるとするか。


「エリエル、レナエル(コショコショ)」

「ん、なあに?(コショコショ)」

「暴力沙汰は感心しませんよ、ルイ(コショコショ)」

「暴力沙汰は俺もごめんだよ。恨みを買いたくないしな。痛めつけたりも良くないだろうし、怪我しない程度にあいつを大きく吹っ飛ばすから、その隙に逃げるぞって、レヴィシャロに伝えてくれ(コショコショ)」

「ん、了解(コショコショ)」

「なるほど。分かりました(コショコショ)」

「でも、大丈夫?あの狼さん、強そうだよ?(コショコショ)」

「任せとけ。我に秘策アリ、だ(コショコショ)」

「何独りでコショコショ言ってやがる!気持ち悪ぃなこの野郎!」

「…だがしかし、ちょっとくらいは痛い目に遭わせてやりたい気もする」


 アーティの強さは分からないが、何となく負ける気はしない。だがそれでも万全を期して、できるだけ穏便にすませたいところ。


「尻尾を巻いて逃げ出さなかった事は褒めてやる。だがな、度胸だけじゃ冒険者は務まらないって事を…教えてやるよ!」


 言うやいなや、アーティが踏み出した。見た目を裏切らない俊敏さで、一瞬消えたかと錯覚するほどのスピードで、真正面から殺到してくる。小細工の無い突進は俺を侮っているせいかもしれないが、おかげで対処はしやすくなった。


 アーティが両手に握った剣が斬撃の初動を見せる。ギリギリまで引き付け、まさに二筋の刃が俺に襲い掛かろうとする、その刹那。素早くバルバラの杖を振りかざし、真正面に向けて杖の頭を突き出す。ちょうどやつの鼻先、顔の真っ正面。バルバラの杖とアーティの瞬間、ライトの魔法を唱える!


「バルバラッ!ビィィィィィイム!!」

(カッ!!)

「グアッ!?目が!目がぁ!?」


 至近距離から照射された光線は真昼間にもかかわらず充分に強い光を照射し、アーティの視力を奪った。


「クソッ!何だ!?何しやがった!」


 目を押さえ、無防備な姿をさらすアーティ。当然、その隙を見逃す俺ではない。杖をインベントリにしまい込み、代わりにハンマーを取り出しながらアーティの背後へとダッシュで回り込む。


「ハンマーを馬鹿にするものはハンマーに泣く。トンカチと木槌の違いも判らないようなやつにシャロレのパーティメンバーなんざ1億年早いんだよ!」

「えぇぇ…そこぉ?」


 伝言を終えて帰ってきたエリエルがげんなりした顔をしているが、これは大切なことだ。トンカチは金槌。俺の小槌は木槌。素材からして全く違う。ましてや訂正も拒否するなんてとんでもない悪党だ。許すことはできないだろう。


「ケツバットならぬケツハンマーだ!くらえぇぇ!」

「クッ、馬鹿!やめろこの野郎!汚ねぇぞっ!?」


 アーティは背後をカバーしようとするが、俺の位置が分からないため、わたわたするだけに終始する。今ならば戦闘能力を奪う程のダメージを与えることもできなくはないのだが、大けがをさせて恨みを買う必要も無いだろう。充分に力を溜めたハンマーに、手加減とヒールを載せて…思いっきり、振りぬく!


「そぉれ、飛んでけぇ!!!」

(ズドン!)

「痛ダ気持ヂイィィィ!?・・・・・・・」


 かち上げ気味に尻へとハンマーを受けたアーティは空へ舞い上がった。ヒールを載せているのでダメージはほとんど無いはず…気持ちいい? …ちょっと体感はどんな感じか分からないが、まぁ問題ないだろう。思ったよりも上空に、1階建ての建物の屋根を超えるくらいの高さまで吹っ飛んだ。


「レヴィ、シャロレ、今のうちに…って、あ!そっちは…」


 二人に声をかけてこの場を離れようとしたのだが。ふと放物線を描いて落ちていくアーティの落下地点が視界に入る。


「ィィィィィイ!・・・ンガワオッフゥン!?」

「「「うぁあ…」」」


 わざとじゃない。わざとじゃなかったんだ。かち上げ気味の吹っ飛ばしは、たまたまオーク戦で起きた現象だった。何かに使えるかもとは思ったけど、ノックバック自体はそれほど必要性が無かったのであまり練習してなくて。


 思い通りのところに着地させるとかも考えたことは無かったし、もちろんそんな技術も磨いてはいなかった。


 …まさか、アーティの落下地点に木の柵があって、ちょうど跨ぐように股間を強打させることになるとは…うん、わざとじゃ…無いんだよ?


 柵は上端を山型にした木の板を連ねたデザインになっていた。横から見れば山谷山谷、とジグザグになっている谷の部分にちょうどはまったアーティは、前の山が股間の前方に、後ろの山が尻に、ダブルヒットしている。


 俺も、周りの見物客の男性陣も、少し内股になってキュッとする。白目をむいてだらしなく舌を出し、泡を吹いているアーティを見て、男性陣の何人かは股間を押さえて涙ぐんでいるようだ…。


「…。よし、逃げよう」

「ルイ…何か色々と…本ッ当に酷いね」

「わざとじゃないんだよ!いいから、行くぞ!」


 先に武器を抜いて襲いかかってきたのはアーティの方とはいえ、この状況では流石に謝っても許してはくれないだろう。


 せめてものお詫びにポーションを…ポーションは飲んでも効果はあるけど、傷口にかけた方が治りは早い。けど、この場合の患部は…。ま、まぁ考え過ぎも良くないな。どう使うかは自分で判断するだろう。


 気絶しているアーティが目を覚ます前に、足元にそっとポーションを置いてその場を離れた。

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