第112話 待ちわびた背中


「本当…ツイてない」


 そう口に出してはみたものの、運が良いとか悪いとか、もはやそういう次元の話じゃない。自分の言葉をすぐさま否定して、自嘲するかのようにレヴィは思った。見える範囲でハーピーは3体。森の奥から聞こえてくる耳障りな羽音から、追加が来ていることもうかがえる。


 トラスが見つかったのは幸運だった。空を運ばれながらも必死に暴れ、抵抗し、ハーピーの爪から何とか逃れたトラスは、そのまま落下。地上付近の木の枝が速度を緩めてくれたおかげで、墜落死からも何とか逃れることができた。


 地上に叩きつけられた痛みに耐え、もがき苦しみながらも背中の槍を手にして振り回し、時間を稼いでいるところにレヴィとシャロレが間に合った。けれど、幸運もここまでだったようだ。


 二人はすぐさま弓矢で援護し、どうにか最初のハーピーにトドメを刺すことができたところで別のハーピーが出現。その新手を倒しきる前に1体、また1体と増えてしまい、もはや逃げることも難しい状況に追い込まれた。


 トラスは精魂尽き果て、すでに戦力には数えられない。少しは学習したのか大岩を背にへたりこんでいるが、目の前に次々と現れるハーピーに、ただ疲労と絶望を混ぜ合わせたような表情を浮かべている。


 レヴィとシャロレはトラスの前に立ち弓矢で応戦しているが、ハーピーを相手に2対1でどうにかという腕前で、3体の猛攻を防ぎきることができるはずもなく。


「あうっ!?」

「シャロレ!くっ!あぁっ!?」


 猛禽類を想わせる鋭い爪の攻撃で次々と傷を負い、万一の備えにと持っていた初級ポーションも使い果たし、二人は反撃することさえ難しくなっていった。


 圧倒的な優位を感じとってのことか、ハーピーは2匹が若干距離をおいて獲物の逃走を防ぐように。もう1匹がじわじわとなぶるように攻撃を仕掛け始めた。防戦も虚しく、3人が餌食になるのは時間の問題だと思われた。


「こんな…こんな所でっ!」


 何が悪かったのか。トラスを助けに来たことが?訓練を先送りにして自分自身を鍛えないままここまで来たことが?そもそも騎士を目指したこと、そのものが?痛みのせいではなく悔しさが涙となって溢れそうになるが、歯を食いしばり、耐える。


 その時。何故かそれまでは気づきもしなかったのに、トラスの槍が地面に落ちているのが目に映る。夢中で引っ掴み、ただ振り回してしまう。


「レヴィ!ダメ!」

「きゃぁ!?」


 罠にかかった獲物にとどめを刺す際、猟師も槍を使うことがある。ただしそれは罠にかかった獲物が急に暴れないよう対処するためであり、当然レヴィも魔物相手の戦闘で使った経験があるわけではない。苦し紛れのレヴィの槍は子どもが棒きれを振り回す程度のものでしかなく、いとも容易くハーピーに弾き飛ばされる。


 体勢を崩したレヴィに襲い掛かるハーピー。その刹那、ほうけていたトラスが急激に意識を取り戻したかの如く跳ね起き、美しい筒を手にしてハーピーに向けて繰り出した!


「くそっ!くたばれこの野郎!」


(シュバッ!…ヒュ~~~~~…ドォン!!!)


 激しい射出音とそれに続く風切り音、閃光と爆発。レヴィとシャロレ、ハーピーはもちろん使用者のトラスでさえも驚き、身をすくめる。


「っ!何っ?何なの!?」

「くっ、何で…何で当たらないんだよぉ!!」


 一瞬の停滞と混乱。しかし続く何かが起こるわけでもなく。ハーピーは再度、しかし今度は獲物への攻撃を邪魔された怒りを露わに、レヴィへと襲い掛かる。トラスの花火はレヴィの命をごくわずかな時間、救ったに過ぎなかった。しかしそれは…。


「くっ、うっ、うわぁぁぁあ!」

「レヴィィィィィ!」


 自らの最期を悟り、くしゃくしゃにゆがむ顔。それでもハーピーを正面に捉えながら、気丈にも小柄な両手を精一杯広げてシャロレとトラスの前に立ちはだかる。


 頭の中は真っ白になり、何も考えることが出来ず。

 ただ前を、迫りくるハーピーを見据えていた。


 目は開けていても視界は涙で滲んでいて。

 色んな色がぼやけて、混じりあって。


 はっきり見えなくて良かった、そう思った。


 それなのに。視界の全てが急に柔らかな薄緑色、一色に染まって。


(ガキィィン!)


「ふぃー、危っぶね。どうにか間に合ったな」


 耳馴染みの良い、少し高い声。心の奥底で期待しながらも、決して来てくれるはずがないと諦めていた。けれど心から待ち望んでいたその人の背中が、何故かはっきりと見えた気がした。


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