第108話 レナエル


 片目に青あざ、ほっぺは腫れて、タラコ唇。髪はモジャモジャのアフロで、所々にたんこぶが顔を出し、何由来なのか小さく煙があがっている。服は破れ、翼が毛羽立って…。見るも無残な姿だ。


「あー、エリエル・・・・・・・・・・・髪型変えた?」

「他に言ぅことなぃの?」


 他にって言われても、爆発に巻き込まれた人を漫画で表現したみたいな姿にイメチェンした天使に対してかける言葉なんて、そうそう無いぞ?俺にそんな高度なコメント力を求められても困る。


「転生者ルイ。あなたとも話し合う必要があります。お時間は?」

「え、あ、はい、大丈夫です」


 レナエルの圧がすごい。こんなの断れるわけがない。少し落ち着いて話をしたいとのことなので、残念ながらウィンドウショッピングの予定はキャンセルになったようだ。3人分のクレープを屋台で買って、宿へと戻ることにした。


「貴方たちのこれまでの活動状況については、先程エリエルに聞きました。何故フェムに来ているのか、経緯がやや不分明なところもありますが、おおよそ状況は理解したつもりです。その上で、ですが。まずは領都エットに向かう必要があるでしょう」

「エットに?何で?エリエルはショートカット的にエットの次の次くらいだからフェムで大丈夫とか言ってた気がするけど」

「そだよ!わざわざ戻らなくていいじゃん!」

「…ハァ。エリエル、貴女はすぐ楽をしようとするから大切なことを学び損ねるのです。後で復習メニューを追加しておきましょう」

「うぇ!?」


 レナエルがメガネの位置を整えながら、どこからか取り出したノートにメモし始めた。口元にはクレープのクリームがついているけど、どうも教えてあげるタイミングを逃している。人が話してるの遮るの苦手なんだけどな。いつ言おう…。


「簡単に言えばフラグ管理の関係です。正しい順番でイベントをこなしておかないと、後のイベントが発生しません」

「んー、けど、もう別に他の転生者たちのイベントとかルートは、あんまり気にしてないんですが」

「…!どういうことですか?エリエル」

「どうもこうもないよ?ルイはほぼ、あちこち食べ歩くのだけが楽しみで生きてるから」

「微妙に否定しにくいこと言うな?どっかの食い倒れ天使と違って、それはついでだ。俺は世界中の色んなところを見て回りたいだけなんです。だから順番とかメインのクエストとかは、今のとこ、あまり重視してないんですよ」

「なるほど。分かりました。…ただそれなら尚更メインルートは済ませておく必要があるでしょう」

「ねぇねぇ、何でなん…で…待って待って、勉強は、勉強は嫌ぁぁぁぁー」


 ジト目のレナエルが片手をあげたかと思うと、エリエルが黒い球体に引きずり込まれていった…。何だろうこの、夏休みの最終日に宿題を済ませていなかった子どもとお母さんみたいな感じ。あの黒い球体はお仕置き部屋にでもつながっているのか?


「正しくフラグを立てて、最低でも王都フィーラまでは進めておかないと、国をまたいでの移動が許可されないなどの不都合が生じます。世界を見て回りたいのなら、都合が悪いのでは?」

「そりゃ困る!」

「そもそも女神さまが転生者に用意したメインストーリーは…」

「ちょおっと待ったぁ!」

「…?どうかしましたか、転生者ルイ」


滔々とうとうと話し始めようとしたレナエルに、手のひらを向けてストップをかける。いぶかしそうに、少し機嫌を損ねた顔をするレナエルだが、さすがにこれについては話を遮ってでも伝えないと。


「色々教えてくれるのは助かるんですけど、ネタバレ的なのは最小限にしてもらえませんか?さっきも言ったけどそこまで急いでないですし、せっかくだから色々と知らない方が楽しめると思うんで」

「ふむ。了解しました。ですが私も役目を負っている身。あなたを導くためにも、多少の情報の開示があることは受け入れてください」

「多少なら良いですよ。それに、知りたくなったら俺の方からも聞いちゃうと思うし」

 

 物語のヒントをいつ、誰から聞くかなんてそこまで気にしているわけでもないし。最初っから全部知ってしまう、などという壮大なネタバレさえなければ問題ないと思っている。


「転生者ルイ。本来であれば可及的速やかにエットへ向かうよう、それこそ強引にでも誘導するつもりでした。ただ、あなたが地元民の手助けや生産系の体験を優先したり、多少の寄り道をしたいというのなら、それもいいでしょう。…エリエルにも強く請われましたので」

「エリエルが?」

「彼は楽しそうに過ごしている。無理強いはしないで欲しい、と」

「…はぁ。悪いやつじゃぁないんだよ」

「知っています」


 頭をかきながらため息を吐く俺に、レナエルが小さく微笑む。真面目で厳しい感じだけど、心根は優しい人なんじゃないかな。クリーム付いたままだけど。


「とはいえ、エリエルだけではサポートも不十分でしょう。今後は私も同行します」

「同行!?付いてくんの!?」

「転生者ルイ…何か不都合でも?」

「あ、いえ、大丈夫です。ありがとうございます」


 スッと音をたてて周囲の空気が冷たく重く変わったかのように感じられた。同行?ちょっと想定外で驚いたけどOK、OKだ。断って俺まであんな感じのお仕置きされるのはノーサンキューだ。暗黒球体の向こう側がどんな風になってるかはちょっとだけ見てみたいけど。


「じゃ、今後はその転生者ルイってのやめてくれ。長いし。ルイで良い。一緒に旅するなら俺も丁寧な言葉遣いはやめるから」

「分かりました、ルイ。私の言葉遣いはこれが素のままなので変わりませんが」


 レナエルはそう言って、俺が差し出した手の指を握り返して握手してくれた。そのまま、夕食の時間までには帰ってきます、と言い残して別次元へと消えて行った。エリエルの勉強を見てあげるんだろう。クリーム…は、もうしょうがないか。


 またも独りになったが外出する気にはなれないし、ちょっと疲れたのでベッドにダイブ。夕食までうとうとしようか。


 …エリエルに続いて、また妙な同行者が増えてしまった。二人で遊んで?くれてる分には問題ないけど。


 …それにしても、何であんな格好なんだろう。真面目そうだったし、とてもじゃないけどあんな格好する人には見えないけどな。もう少し仲良くなってからじゃないと怖くて聞けないが…。


 …夕食時には戻ってくるって言ってたな…。あいつら天使のくせに飯はちゃんと…。…あれ?食器?ベッド?お風呂セット?もしかして、もう1揃え、全部作らないと…いけない…のか…。


 まどろみの中で嫌な事実に気づいたけど、起きてまで作る気にはなれなかったので、そのまま眠りについた。

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