第82話 旅立つ前に、別れを告げて

「そうか、寂しくなるな」


 ワウミィと一緒に、村長のところに赴いて旅立ちを告げた。村長は当然のことながらワウミィの旅立ちが近いことを悟っており、同時に俺が旅立つことも予想はしていたようだ。とはいえ、俺たちが村人たちと良好な関係を築いていることも知っていた。それだけに、残念に思っていてくれるみたい。


「わちもルイも、いつまでもというわけにはいかぬからの」

「そうだな。予定よりも長く居てくれたことを喜ぶべきだろう。さておき、ワウミィは帰郷するとして、ルイはどうするんだ?」

「今のところ目的の無い旅だし、取り合えずエンの街に戻って、領都エットかなと考えてた」

「うーむ、逆方向だな。ならば仕方がないか」

「ん?何が?」

「いや、実はな。やつとの戦いでかなりの船が沈んだのは知っておるだろう?古い船や沈みかけの船が多かったとはいえ、村全体の事を考えると、いくらか新造しなければならんのだ。船大工はこの村にもいるが、造船するとなれば木材やらいくらか完成品の部材を調達する必要がある。それらをいつも頼んでいる馴染みの村があってな。旅路の方角が同じなら、その注文書を届けてもらおうかと思ったのだが…」

「いいよ」

「ルイ!村長さん、逆方向って言ってたでしょ!?何だか偉そうに、”冬になる前には移動しないとな…フッ” とかカッコつけてたのに、何でまた寄り道しちゃうの!」

「俺のことがどう見えてるのか、お前とは一度じっくり話をしなければならんな」


 エリエルには後で正座させた上でじっくり説明してやるとして、取り合えず話を進める。


「で、届け先は?」

「トルヴという。山間に位置する、林業や加工が盛んな村だ。トヴォから西に1~2週間といったところか。選ぶ道と移動手段によるがな」

「ねぇルイ~。メインクエスト進めようよー。教会での報告もだいぶサボってるし、そろそろ他の転生者と同じ道に戻らないと女神さまに怒られるよー?…私が」

「その他にはリンゴ、ブドウ、桃、梨、栗など秋が旬の甘い果物が美味しいことでも有名だな」

「ルイ?少しくらい寄り道しても優しい女神さまは許してくださると思うよ?」

「お前の手のひら、クルックルだな」

「ふふ。エリエル、トルヴの近くにフェムという街がある。冒険者ギルドも教会もあるから、トルヴで依頼を達成したら、そのまま向かうと良いぞ」

「フェム?…うん、それなら大丈夫かも。ありがとワウミィ!」


 ワウミィの言葉に対するエリエルの反応が少し気になった。フェムという街を知っている?そんな感じだ。まぁ知ってても知らなくても俺のやることに変わりは無いが。


「話はまとまったか?なら、すまんがこれを頼む」


 村長から注文書を受け取り、トルヴまでの道のりや依頼の期限など補足の説明を受ける。報酬は ”漁民の証” といって、トヴォ村の村長が、この者を漁民として認めるという証明書のようなものだ。これがあれば業として漁を行ったり、個人で漁船の発注をしたりすることができるらしい。


 本来なら達成後に報告に来た時に渡すものだが、お前のことは信用してるから、と前払い的に注文書と一緒に渡された。こんな依頼もあるんだな。今の俺にはそこまでの価値は無いものだが、村長さんが俺を漁民と認めてくれるという事実が嬉しい。バクチョウさんとか欲しがるんじゃないかな?譲らないけど。


 続けてしばらく雑談。村長さんとワウミィとの会話は思い出話的なところは分からなかったけど、別れを惜しんでいることは伝わってきた。俺とも色々と話をしてくれたので、村長には教会やギルドの誘致、宿の準備も考えてみてはどうかと提案しておいた。


 これから先、万が一ワウミィが不在の時にアングラウ戦が始まった時にも転生者の冒険者が居れば対応できるし、その他にも、村人たちの困りごとがあれば解決してくれるかもしれない。俺をきっかけに転生者を見直すことができたのなら、きっと仲良くできると考えたからだ。


 村長は村人たちとの相談になるが、前向きに考えてみよう、と言ってくれた。この後どんな決断をするかは村の話になるけど、俺も時々様子を見に来れたら良いな。


 またいつでも、気軽に訪ねてこいと言ってくれた村長と別れ、そのまま村を巡りながら旅立ちの挨拶をして回った。ワウミィの事情はみな知っていた様子で、俺も含めてとうとうその時が来たかと比較的冷静に受け止め、別れを惜しんでくれていた。


 少し可哀そうだったのはナグロで、話す順番が悪かったのか早とちりしていた。俺が旅立ちを告げると少しだけ残念な顔をしたのだが、これからは遠慮なくワウミィにアプローチできると考えたみたいだ。”ワウミィのことは俺に任せておけ” などと言いつつ浮かれた表情を見せた。


 しかしその直後、ワウミィも同じ日に旅立つことを知らされて呆然としていた。まるで、俺に打ち上げられた後にワウミィにとどめを刺されたアングラウのようだった。


 さらにワウミィが “次にこの村に来た時には、お主も誰ぞと、つがいになっておるやもしれんの“ などと屈託のない笑顔で追い打ちをかけるものだから、ナグロは青いエフェクトを残して消えてしまいそうな顔をしていた。俺が口出しするようなことでもないので "頑張れよー" とだけ言い残して、その場を離れた。


 その後も村の人たちに挨拶をしてまわった。漁師たち、食堂の夫婦、商店の親父さん、子どもたち、みんなそれぞれの言葉と態度で寂しさと、旅路の安全と、今後の幸せを願ってくれた。比較的小さな村とはいえ一人一人とお別れをしたので、家にたどり着いたのは夕刻だった。


「さすがに疲れたねー」

「うむ。とはいえ、ありがたい話じゃな」

「俺は田舎に里帰りした時のことを思い出したよ」


 村人たちは共通して、何らかの物をお持たせしてくれた。漁具や売り物の一部、思い出の品など、一人一人が気持ちの証とばかりに何らかの贈り物をくれるものだから、受け取る方も大変だ。インベントリが無かったら荷車が必要になっていたことだろう。


「ふふ。貰った餞別の数だけ、ルイが絆を紡いだということ。物ではなく言葉と気持ちが、な?」

「うん。正直言って、これほど親しみを持ってくれてたとは考えてもいなかったよ」

「漁の手伝い、子どもの世話、他にも色々と村のために働いておったからの。さらに此度は依頼の受諾までも、な。今更だが、良かったのか?村への義理立ても、もう充分じゃと思うが」

「あー、それな。いいんだよ。あ、エリエルは正座」

「何で!?」


「ワウミィにも少し話したかな?俺は他の転生者たちに比べれば少し出遅れてるんだ。本来なら、さっさと他の転生者が冒険してる順路を辿ったほうが効率が良いんだろうし、エリエルもそんなことを言ってるんだけどな。けど、冒険は仕事じゃないんだ。いついつまでに何々をしなきゃ、なんてことに囚われてたら楽しめないだろ?目の前にきれいな景色があれば立ち止まればいいし、困った人が居たら助けたらいい。村への義理立てとか、そんなんじゃないんだ。単に、俺が楽しそうだと思うから、引き受けただけなんだよ」


「ふ、ふふっ。そうか。まぁ冒険者は生業として冒険するのであって、仕事のような感覚の者の方が多いとは思うがの。お主が良いなら、それで良かろ」

「ねぇ、私はいつまで正座なの…」

「お前はいい加減に、食い物に釣られて俺のサポートを忘れるのを何とかしなさい」


「えぇー!?そんなことないよ!ちゃんと考えてるんだから。ワウミィが、トルヴ村の近くにフェムの街があるって教えてくれたでしょ?分岐のルート次第だけど、フェムは領都エットの次の次くらいに行く街だから許可してあげたんだよ。ほら、ちゃんと覚えてた。ちゃんとサポートできてる私!さぁ褒め讃えるが良いよ!」

「でもトルヴ村のことは知らなかったんだろ?」

「ソンナコトナイヨ?」

「果物が美味しいから賛成したんだろ?」

「ソンナコトナイアルヨ?」

「はい、寝るまで正座決定」 

「そんな、無理ぃ!?」


 エットから2つ先くらいなら今の俺のレベル的にも問題ないだろう。MP不足対策のためにも魔法職に転職したいと思ってたし、教会がある街に行けるのはちょうどいい。加工の村なら、何かしら得るものがあるかもしれないし、秋が旬の果物も楽しみだ。さてさて何が待っていることやら。


 この日は残り少なくなった団欒だんらんの時間を惜しむかのように、夜遅くまで話しこんだ。

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