不可解な刀と即席の師弟

 バリは、武技場ぶぎじょうの中央に据えられた「そどり石」に腰を落ち着けると、ふところより「相双紙そうぞうし」を取り出し、読みだした。

 「ひと休みしよう」と提案したバリ自身には疲労の気配がない。美名だけがひとり、木剣ぼっけんをだらりと下げ、肩で息を吐く。彼女にとってのこの数日は、附名ふめいの大師の武芸力量にあらためて恐れ入る日々であった。


「相双紙は……、フクシロ様からでしょうか?」


 呼吸を整えてからの美名の問いに、バリは「ああ」と小さく答えた。


希畔きはんのほうが芳しくないようだね。ひとまず、美名くんも座るといいよ」

 

 相双紙の内容は、明良あきらとニクラが明らかにした――「希畔きはん議会にすでに叛徒はんとの手が伸びている」という事実であった。バリも美名も、今回の件では狙われる町そのものとの連携が必要不可欠であることを承知している。この報せは、凶報以外のなにものでもなかった。


「何か……、彼らへの励ましでも言伝ことづてしてもらうかい?」


 バリの隣に力なく座りこむ美名だったが、これは力強く、「いえ」と首を振る。


「明良ならきっと、なにか良い手立てを考えつくはずです。ニクラもいっしょですし……」

「ニクラさん、ね……。僕はちょっと苦手だな、あの子」

「ニクラが苦手……ですか?」

「うん。彼女は気が強くて可愛げがない」


 あまりにさらりと頓狂とんきょうなことをいうものだから、疲弊ひへいしているはずの美名もおもわず「あはは」と声を出して笑ってしまった。


 レイドログから「挑戦状」があったため、大都だいと大陸に残った美名とバリであるが、六日後のかん季節きせつの日に向けてのこちらの準備は着々と進んでいた。

 彼女らのがわも、方針の大枠は「囲んで捕らえる」である。当日、指定地の「しん白鳥しらとり古城跡」に現れる叛徒一味をヒトの輪で取り囲み、逃げ場を失くす算段。美名とバリは、その輪の中心において敵方と相対あいたいし、捕縛を主導する。機があれば打ち倒してもいい。

 その方針に従って、ここ数日は現地近隣の魔名教会、守衛手を回り、応援の要請や段取りに明け暮れていた。相手は使役しえき大師のレイドログ。仮に、美名が直感するようにレイドログがひとりで現れたとしても、敵が即座にでも使動植物やアヤカムはそこらじゅうにある。人手は多いに越したことはなかった。

 別働としては、ヤマヒトのヤヨイやアサカ、残ってくれていたクメン師らが大急ぎで「冷水ひやみずの薬」を作ってくれている。こちらは、福城経由の符丁ふちょう連絡を駆使し、各地への手配も進められているところ。ヤマヒトの住民や付近からも手伝いが出ており、総出であたってくれているというのだからありがたい。

 「三大妖さんたいよう散雪鳥さんせつちょう」の再来や今現在のレイドログの居所が知れないなど、懸念されるこまごまの課題はいくつも残されているが、このように、美名らの「チーム」はおおむねが順調といえる。

 それらの合間にあって、美名は、当代随一の剣術者に稽古をつけてもらっていた。

 今も、訪れたこの姫野羽ひめのはの町、付近一帯の伝統武芸である「相取そどり」の武技場を借り、師事している最中なのである。


かさがたなを見せてくれるかい?」


 相双紙に簡単に返答を書いて送ると、バリがふと、そのようなことを言ってきた。


「刀を……ですか?」

神代じんだいから伝わる永久不滅の武具。それも、実在さえ疑わしいとされた主神ンの御剣みつるぎ。当代に至って忽然と現れた神器じんきだ。こんな機会でもなければじっくり見ることもできそうにないからね」


 美名は、「そどり石」の裏側に立てかけておいた嵩ね刀に手を伸ばすと、さやごとバリに手渡す。その際、バリは、ふっと失笑したようだった。


「自分で言っておいてなんだけど、自らの得物を簡単に渡すのは感心しないね。相手に悪意があれば、命取りになるよ」

「バリ様に悪意なんてありはしませんから」


 そう言われたバリは、細い隻眼をよりいっそう細ませると、鞘から刀を抜く。


「やはり重い……。『嵩ね刀』は切先だけと、そういう話だったね?」

「はい。あとの刀身は鉄鋼でできてるって先生には聞いています」

「鉄鋼には間違いないだろうけど……」


 美名は、「けど?」と言い淀みを繰り返し、首をひねった。


「なにか、おかしなところがありますか?」

「僕も刀そのものに審美眼があるわけじゃないから断言できないが、この刀、『嵩ね刀じゃない部分』が、僕の『人世哀ひとのよのかなしみ』とひどく似ているね」

「似ている……? 刀の幅も形も、全然違うように見えますが……」

「見た目形のことじゃなくて、質のことさ。同一の時代、同一の材料を使ったか。あるいは作者が同じか……。いずれにしても、この刀をこの形に整えた刀工は並外れた技量であることは間違いない」


 さらに首をひねる少女に、バリは、「ここだ」と刀身の一部分を指し示す。それは、「嵩ね刀の切先」と「嵩ね刀ではない部分」との境目だった。


「別々の剣を繋ぎ合わせ、あるいは補完してあらたにこしらえた刀など、本来であれば使い物にならない代物だ。継ぎ目の部分でどうしてももろくなるだろうし、切れ味の違いからくる取り回しの不自由さ、手入れの煩雑さ、様々な悪影響が考えられる。現に、美名くん。君は、この特殊な刀に慣れきっていてその細身の木剣ではひどく下手になってしまっているね」

「……言い訳のしようもないです」

「なに、責めるわけじゃないから気楽に考えてくれればいい。僕が言いたかったのは、この刀がまるでとしか思えないほど、まとまりがあるということさ」

「だから、この『不全ふぜん』を打った刀工師が、群を抜いたナ行識者しきしゃだったということになるんですね……」

「……の割には、解せない点もあるけれど」


 バリは、「嵩ね刀でない部分」に触れたり、コンと叩いたり、刃の部分に指を沿わせたりしてから、ふぅと小さく息を吐いた。


「やはり、『鈍化どんか』がかけられているようだね」

「……ナ行の鈍化術ですか?」

「うん。実は、見せてほしいと言ったのもこれを確かめたかったからなんだ。ここ数日、君がアヤカムに刀を振るう場面を何度か見ていて、あまりに切先ばかりに頼っていると、そう思ってね」


 美名は基本的に「斬る」ときには「嵩ね刀の重み」を使った切先で、「叩く」ときには刀身を横一杯に使い、全体で打ち据えている。先生にもそのように教わり、美名自身もこの扱いを自然と修得してきた。これがため、バリの言うところの「ほかの剣の下手さ」に繋がっているのだろう。

 しかし、「何度も」とはいってもバリの前で披露したのはほんの少しの回数である。それも、野良のアヤカムを敵に回しても一刀で終えるのが常だったため、一瞬であったはず。やはり、バリの武芸の才は並外れているのだ、と感嘆する思いだった。

 そんな少女を横目に、バリはひとり、「う~ん」と首をひねっている。


「なぜ、この刀を打った識者はわざわざ剣の質をおとしめるような術を施したのか……。それが解せないね」


 それからも何度か触れたり、うなったり、ひとしきり頭を悩ませた様子のあと、バリは、触れた部分をふところがみで拭って鞘に収め、「嵩ね刀」を少女に返した。


「識者術をかけ直してもらったらどうかな?」

「……『鈍化』を解くんですね?」

「ああ。これまでも散々いったとおり、君が修得している剣技の型は『一刀必殺』の刀法だ。僕が知る限りではソウゲン派に近い。これを活かすには、刀身のより広い部分で必殺の威力を……であるほうがいい。切先だけの、遺物の効能に頼るだけでは足りない場面があるかもしれない。『鈍化』を解術かいじゅつするだけでも格段に違ってくるかもしれないよ」


 勧められた少女だが、バリや自身の手のひらや脇に置いた嵩ね刀――それらをしばらく見回してから、「いえ」と首を振って答えた。


「バリ様は、私が今、充分にこの刀を使いこなしてるように見えますか?」

「……」

「私は、この刀がもっと上手に使われている姿を覚えています。先生は……、私の先生は、もっと『不全』を使ってました……」


 少女は、頑とした色を瞳に宿し、バリを見上げる。


「今の時点で不足があるとしたら、それは、この刀のせいじゃない。『不全』なのは私のほう。ヤマヒトで明良とふたり、覚悟を決めたけど、まだまだ足りてない。私は……、私たちは、これからももっと成長していかなくちゃ……」

「……なるほど」

「バリ様。引き続きご指導いただけますか?」


 木剣を手に立ち上がった少女に請われると、附名のバリはひとつ目を二度三度としばたたかせ、自らも立ち上がった。口元は笑い、少し楽し気でもある。


「なら、基本からやり直そう。構えと足運び。その木剣での、だ。使える得物が増えれば『嵩ね刀』を使うのにもなにか役立つことがあるかもしれないよ」

「はい。お願いいたします」


 それから、次の町に向けて発つまでの半刻のあいだ、広く深々しんしんとした武技場内において、即席の師と弟子は修練に集中したのだった。

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2024年5月1日 23:00

真名神代伝 ブーカン @bookan

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