鐘打ち騒ぎの下手人と拾い子の皮肉

「ちょっと、明良あきらくん。ってどういうことかな?」


 地上三階、居住区画にある石造りの建物。ここは、智集ちしゅうかんに勤める地方出身者向けの下宿寮であり、最大で十五人分の個室を備えている。

 夜のとばりのなか、明かりが漏れている部屋はふたつだけ。張り出し窓がずらりと並ぶ外観の景色は、ほとんど人気ひとけを感じられず、拒むように雨板が閉ざされた部屋が多い。深夜だから当然ともいえるが、つい先ほどは町なかで騒ぎがあったばかりである。続いて不慮の事態を懸念するなら、起きているのが妥当であろう。そういった判断をする住人がふた部屋だけとは、この下宿に残留している者の少なさ――智集館閉鎖に伴って希畔きはんを離れていった者の多さがうかがい知れる。

 さて、明かりのない大半の部屋のうちのひとつ、二階の端の部屋。ここは、ル・ミンミが間借りしている部屋である。雨板をずらしてもらい、スルリと這入はいった先、ニクラはまず、小言を言ったのだった。


「事前の話では乱闘を起こすって言ってたでしょう? ケガ人も出してないらしいじゃない」

「無闇に負傷者を出す必要はない。毛髪は問題なく取れたんだろう?」

「たった六人だけね。騒ぎがあまりに小さいから、それしか集まらなかったよ」

「そのなかにおお屋主やぬしはいたんだろう?」

「ええ」

「ならばひとまず、充分だ」


 今夜の希畔の「鐘打ち騒ぎ」は、明良とニクラによるものだった。その目的とするところは、「議会員の毛髪の取得」である。

 「かん季節きせつの襲撃」に備えるため、希畔の有力者との連携は必須となる。だがそれもすぐ話しに行けるものではない。会見した人物が叛徒はんとらと内通している可能性、ヤヨイのように使役しえきの術中にある可能性、まずはそれらを払拭する必要があった。

 では、対象と接触せず、それらの可能性を潰すにはどうするか。その鍵となるのが、福城ふくしろから持ち出してきた「神代じんだい遺物いぶつわか」である。

 遺物の輪を潜り抜けるのに二心のあるなしを指定できるのはすでに知られたとおり。加えて、「ヒトへの使役術」の実在が明らかになってから実験したところ、「被使役の有無」にも(動物相手ではあるが)有効であることも確認できた。「分つ環」と対象の身体の一部――毛髪や皮膚片などがあれば、その者が「裏切り者」であるかどうか、看破できる。

 明良とニクラのふたりは、教会本部とはろくに連携のとれていない希畔の内部において「誰に話を通すべきか」、それを見極めるため、今回の騒ぎを画策したのだった。


「しかし、希畔自体の戦力もアテにならないかもしれないよ? 警備のヤツら、『明光めいこう』に隠れて『雷矢らいし』を撃たれていたことにも気づかないし、それで焼き落とした髪の毛を拾う私を『拾い子』と信じて疑いもしない。あまりにぬるいよ」

「確かにお前や波導はどう大師に比べれば、魔名術の大層な使い手など、希畔にはまったくいないのだろう。だがこの町には、町を守る。人々を守る。なにがなんでも守ってやる。そういった気概に満ちたヤツらが確かにいること、俺は知っている。今回の件で欠かせないのは、そういうヤツらの、そういう想いだ」

「……なるほど。明良くんが言うようなの、いないわけでもなさそうだったしね……」


 暗い部屋のまま、拾い集めてきたの選り分けを終えた直後、「遮壁しゃへき役」の任を終えたミンミが帰ってきた。

 まもなく三人は、人目を忍びつつ、ふたたび外へと出ていく。「分つ環」を持ち運んだ明良だったが、大きすぎて室内に入れることができず、下宿寮の庭の隅にある物置き小屋、その付近に隠してきたのである。


「あの、ニクラ様……」


 ゴソゴソと茂みのなかに入っていく明良を余所よそに、ミンミは、波導の熟達者におそるおそる話しかけた。


「……なに?」

「今日、寝ますよね?」

「寝る? なんのこと?」

「お休みになられますよね? さすがに……」

「ああ……。私たちも超人じゃないからね。ある程度今後の段どりを組めたら仮眠くらいは取るかもだけど、それがなに?」

「へ、へ……、部屋は……、部屋は?」

「は?」

「いえ、あの……、あの! お休みになる部屋はどうするのかな~って。今日はもう私の担当ないし、まさか、またあの小屋に戻るわけないよなぁ~って……」

「……なにが言いたいの?」

「いえ、あの、その……。ふつうに考えたら、もしかしたら、私の部屋に……。その……三人で……ってことになるのかなぁって……。ちょっと心配になっちゃったカンジで……」


 煮え切らない言い方をいぶかしむニクラだったが、少し間があってから、取り乱すように「はぁ?!」と大声を出した。

 

「こんなときに馬鹿じゃないの、君?!」

「いや、あ、え……、すみません!」

「何を騒いでいるんだ……?」


 遺物の輪を携え、茂みから出て来た少年に言い咎められ、少女ふたりは大仰にビクついてしまう。


「暗くて少し手間取ってしまって悪かったが、そんなに待たせたわけじゃないだろう? そんなに騒いで声は大丈夫なのか、ニクラ?」

「そ、それは……それは問題ない。問題ないよ、うるさいな!」

「何で怒っているんだ……」


 ともかく、「分つ環選別」の手筈てはずは整った。現在の希畔の運営を担う大屋主や議会員のなか、誰に協力を仰ぐべきか、その判断をつける。


「それじゃ、落とすよ?」


 明良は、ニクラにうなずいて返す。「分つ環」を水平に浮かし、「通過条件」を念じながら――。


(ホ・シアラやト・レイドログとの悪しき繋がりがなく、使役の術にかけられていない者の毛髪のみ、この輪の通過を許す……)


 ニクラの手から、はらりと一本、毛が落とされる。

 だが――。


「なっ……?!」

「残った……」


 落とされた毛は、輪のなかで浮かんでいた。


「今のは大屋主のものだな、ニクラ?!」

「え、え……? じゃあ……」

「大屋主ネ・ハルガは叛徒どもの操り人形ってわけだね……」


 戦慄する一同だったが、それはまだ序段に過ぎなかった。

 次に試された別人物の毛髪も通過しない。次も。次も――。同じ結果が重なるたび、明良たちは声も発さなくなる。何度やりなおしても同じだった。

 示された結果は、あまりに驚愕する事態。

 今夜、議会場に姿を見せた議会員は、――。


「……クソッ! シアラならやりかねんことだった!」

「そんな……」

「唯一の救いは、これで希畔が標的にされることが確実になった……ってことかな」


 ニクラが皮肉じみて言った言葉は、夜明けの気配が立ち昇りはじめた庭先に空しく響くのだった。

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