鮮血の報せと占術解禁 4

「ゼダンって……あの、元は司教、今は大都だいとの王の……、ですよね?」


 意気決した少女にまず聞き返したのは、ヤヨイである。


「はい……って、あれ? ヤヨイさん、いっしょに会ってますよね? アイツと」

「え、ええ。そのように聞いてはいますけど、使役しえき術の影響でしょうか。ヨツホ以降の記憶が曖昧あいまいで……。気づいたときには、おふたりの姿もなく、荷台のうえだったのです」

「そっか……。ヤヨイさんが使役の術にかけられたのは、ヨツホでだったのね……」


 美名は、ふたたび寝台のそばまでやってきて、グンカを眺め下ろした。


「グンカ様が快復されても、すぐに海を渡るような無理はさせたくない。どんなに早くてもあと三、四刻は必要だと思う。でも、いてもたってもいられないの。せめて、クミたちが無事だって確認したい。今すぐ動きだしたい……。そうでないと、私、どうにかなってしまいそうで……」

「……美名さん」

「バリ様はグンカ様の全快が最善って仰っていたけど、もうひとつだけ、本総ほんそう大陸に向かえる方法があると思うんです。ゼダンなら……、カ行動力どうりきだけ見ても、とびぬけた魔名を持つアイツなら、ゼッタイに海を渡れる……」


 ようやくに正気を取り戻してきた明良も、少女のそばに立つと、その肩を掴み、「やめろ」と言い放った。


「ヤツが俺たちにちからを貸すと思うか? お前も覚えているだろう? いずる虫でも見るような、あの見下した目を。つい数日前だ! 俺たちの窮状をせせら笑うように現れ、ただ冷淡に退去しろとだけ告げてきた、あのときのことだ」

「……もちろん覚えてるよ」

「ならば、なぜそんな考えに至る?! ヤツには今、理由があるぞ。『すでに宣告した』という理由だ! 大都に近づけば、ゼダンを相手にまわして無用な争いにもなりかねん!」

「それでも行くわ」


 美名の紅い目は、少しも揺らがず、じっと明良を見据える。まるで、自分のほうが馬鹿げたことを言っているのではないかと彼が錯覚するほど、まっすぐ。

 制止する言葉を続けて出せなくなった明良は、ただひとこと、「強情め」とだけ言い捨てて、戸口まで歩いていった。


「ならば……、俺も行くぞ」

「……明良」

「まがりなりにも半年はゼダンの側にいた身だ。話の持っていき方なら美名よりはいくらか上手くできるかもしれん」

「うん……。ありがとう」

「そうと決まれば――」


 戸の押し手に手を掛けようとした明良の言葉がピタリと途切れる。それから、二、三歩と後退あとずさった。

 続けて、背中に手を回す仕草を見せたが、それはただ、くうを掴んだだけに終わる。


「どうしたの?」

「……その場を動くな」


 少年が戸口から離れた理由――それは、戸板を挟んだ向こう、身も震えるような殺気を感じたからだった。居室に置いてきたことも忘れ、刀を手にとろうとしたのも、その気にあてられ、思わずとった行動である。

 満々と殺気を放つ相手。戸板の向こうにいるのは――。


「バリ……。貴様か?」


 戸板の向こうで、「ああ」との答えが返ってくる。


「なんのつもりだ?」

「真剣味に気圧けおされて無謀を抑えてやれないなら、彼女との『よき仲』なんてやめてしまいなよ」


 静かに戸が開かれ、バリの姿が現れた。

 附名ふめい大師の立ち姿を一見して、美名も感じ取る。

 腰の刀のつかにゆっくりと手がかけられていく。視線は虚空を見ているようで、実のところ、室の隅々までを捉えきっていた。

 明良、美名、ヤヨイ。

 どの相手だろうと彼の一歩と剣速で間合いを詰められる距離。

 相手は今、――。


「バリ様……?」

「気でも触れたか……?」

「悪いね。美名くんの様子からして、もしや、ゼダンに頼ろうとするかと思い、立ち聞きさせてもらったよ……。ま、その予感は当たってしまったわけだが」


 片目に射すくめられ、少女の身体が硬直する。

 居合いあい剣術の達人、バリ。殺気立つ武芸者を前にして、美名も明良も、自身の得物えものさえ手元にない。


「大都には行かせられないな。どうしても行くと言うなら、一応の年長者として、ちからづくで止めさせてもらう」

「なにを……何を理由にして、貴様……」

「明良くんも言っていたじゃないか。今行けば確実に平手を向けられる。大都王だけじゃ済まないよ? 君たちにはまだ教えていなかったが、このあたりにも触れ書きが届いている。『僕たちを大都領域で見かけた者、捕らえた者には褒賞を与える』とね。数日前に大都を訪ねたときとは状況そのものが違っているんだ」

「バリ様……。それでも、お願いします。大都に行くことをお許しください」


 重い足を踏み出した美名は、少年よりも前に行き、バリに相対あいたいした。

 居合の剣など恐れるものではない、斬るなら斬ればいい。そう言わんばかり、先ほど明良に向けたのと同じ、まっすぐの瞳で訴えかける。


「なるほど……。その純真の目で見られたなら、明良くんの不甲斐なさも判らないではない」 

「行かせてください。クミたちのところに」

「行くさ。グンカくんが快復すればね」

「今すぐにです」

「ははっ。どこか既視感のあるやりとりだな……」


 殺気が少しばかり和らぐと、バリは刀の柄から手を離し、ふところを探った。そうして取り出されたのは――獣のものとおぼしき骨である。


「知りたいのは、クミさん、波導はどう識者しきしゃの両大師、彼女ら三人の現状……。それでよかったかな?」

「何を……何を仰っているんですか?」


 当惑する美名の背後で、明良が「占いだ」と先んじた。


「占い?」

「ああ……。トバズドリで幻燈げんとう大師の死や俺の危難を言い当てた、ヤツの得意だ」


 美名は、附名大師が掌中で転がす骨に目をらす。

 どうやら、イタチかキツネ、テンといったたぐいの頭部のよう。眼窩がんかのふちや歯牙しがの根元、ところどころに真新しい赤色、肉色がかすかに残されており、今さっき獲れたばかりに見える。


「美名くんにとっては気休めにもならないかもしれないが、僕たちのともがらの安否をぼくに示してもらう。できればこの場は、それで満足してもらいたい。それでも行くと言うなら、前言のとおり、僕は刀を抜いて止めにかかる」


 骨とバリと、明良とヤヨイとグンカ。

 場のそれぞれをゆっくり、何度か見回してから、美名は「判りました」とうなずいた。

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