客人のネコと悪逆の去来大師 3
「
「
シアラは、話しながら、コツコツと鏡面を叩いている。まるで、神の世界へ
「実はあのとき、ニクラさんに看破され、逃げ出してからも、私はまだしばらく皆さんの近くに潜んでおりました」
「私が『変理』に行ってるとき……『
「ええ。失礼ながら、会話も聞かせていただきました。『
「……」
「『変理』とは、
クミは、美名の
確かにあのとき、鏡を通った先で願ってきたことは、何かがすぐに変わるというものではなかった。「これ以上、居坂に客人が干渉することがないよう」――ただそれだけを願って帰ってきたのである。
以降、事態が落ち着いてからこれまで、クミが「変理」や「神サマ」のことを思い出すことは少なかった。あのとき決心したとおり、「神の使い」ではなく、「ただのネコ」として過ごしてきたからである。
だが今、このときにおいて、クミはふたたび、「神の使い」を突きつけられている――。
「このとおり、崩落の天咲塔から鏡は回収しましたが、私自身、『変理』については忌避すべきものとしてきました……。
名を呼ばれたふたりは、相手の雰囲気が急変したことに戸惑った。
剣呑とした空気はどこか薄れ、微笑が優し気。まるで、天咲塔にて攻略を共にした仲間――援け合い、語り合った「キョライ」が戻ってきたかのよう、感じられた。
「おふたりが協力してくださると言うなら、今一度だけ……、頼ってみてもいい。不実な神などにではなく、今、目の前に確かに存在するクミさんになら、私の
クミに向かって広げた手を、「さあ」と言って差し伸べてくるシアラ。
悪逆者に平手を向けられるなど危険極まりないはずなのだが、今このときに伸ばされた手は、真実、救いを求める姿のよう、クミには見えた。
「捻じ曲げてきてください、オンジの惨劇を。すべてをなかったことにして、
「……シアラ大師」
戸惑うクミは、動くことができずにいた。
確かに、シアラの目的が「変理」で解決するならば、これ以上の暴虐を食い止めることができるだろう。このシアラであれば、目的さえ果たせば、おとなしく投降してくれるに違いない。それは、現時点では最も穏便な解決となるはずだ。
だが――。
(たしか……、あの神サマが言ってたはず……。「変理」は、もう……)
ネコが逡巡して動かないでいる理由を、自身が近すぎて警戒しているとでも思ったのか、シアラは鏡から離れていく。
だがクミは、気が付いた。
相手が後ろに下がる一歩ごとに、殺気めいたものが戻りつつある。伸ばされた平手に、
このままいつまでも
「リィ、一緒に来て……。そのラ行のパチパチ、出したまま……」
「のん……」
シアラが下がる一歩に合わせ、少女とネコは大鏡に近づいていく。
たった数歩の距離が果てしなく遠く感じられる。しかしそれでも、一歩ずつ、クミは鏡に迫っていく。
何の兆候もないまま――。
「ひ、光らないのん……」
(やっぱり……)
やがて、クミとニクリは、鏡面の寸前、立ち姿が映るまでに最接近した。
「なんでなのん? 天咲のときは、クミちんが近づけば近づくほど、光ったのん。消えちゃったのん。鏡に入っちゃったのん。でも、でもでも……、なんでなのん?!」
「……」
たじろぐ少女、黙るネコ。
そんなふたりに、「どうしました?」と声が掛けられる。
地の底から発せられたかのよう、寒気を感じさせる声音だった。
「さあ、早く。『変理』を為すのです」
「シ……、シアラ大師!」
小さなネコは、
「『変理』は……、『変理』はダメなんです! あのとき、私が出会った神サマは、『ひとりひとつ』って言ってた! きっと、一回きりなんです! 私はあのとき、『変理』をしてきました。それに、特定のヒトやモノをどうこうできる雰囲気じゃなかった! ルールだけを変えろって、アイツは……」
「……」
「こんなやり方、間違ってると思うんです! 復讐も『
「もう、結構です」
冷たく遮る言葉とともに、大鏡が消える。彼の「何処か」にしまわれたのだろう。
そうして残ったのは、虚無だけが映る相手の
先ほど、
それらさえ消えてしまったこと、クミは思い知らされた。
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