大師の昏倒と慮外の潜入 6
「なぜ、その
ゼダンが、
「よもや、自慢の剣が錆びついているわけでもあるまい」
「……斬れば、ふたりに……、
「ふん。
ヤヨイに横目を流してのち、ゼダンは、少年少女に正面を向けてきた。
「ゼダン……。何しに現れた……?」
「
「『タ行・操狗』……。大型動物やアヤカムを意のままにできるという術か?」
「そうだ。納得したのであれば、早く始末し、
「始末……? こんな状態で、どうやってレイドログ様を倒すだなんて……」
困惑する美名を小馬鹿にするような目を向けると、大都の王は「餓鬼だ」と言い放った。
「私は、その餓鬼を始末しろと言っているのだ」
「なんですって……?」
「操狗の術にかけられた者は、まさしく
「何を……言ってるの、アンタは? ヤヨイさんを……、私たちがここで……、こんなところで……」
唖然とする美名、言葉も出てこない明良、ただならぬ戦意を露わにするバリ、憎々し気に睨みつけてくるヤヨイ――。
それぞれに目線を流していったあと、ゼダンはふたたび、少女を見下ろす。
「いずれにせよ、あまりにもたついていると魔名を返上する者がひとりでなく、この場の全員になる。私自身の手によって、な。そうなりたくなければ、決断は早くすることだ」
言い終えると、ゼダンは、現れたときと同様、瞬く間に姿を消したのだった。
「言うだけ言って、あの男は……」
「明良……。あんなヤツ、ほっとこう。それより大事なのは、こっち。ヤヨイさんやグンカ様よ。なんとかしないと……」
かといって、そうすぐに打開策が思いつくはずもなく、美名の心は
「殺せばいい」――。
ゼダンの言葉が、妙に生々しく、少女の耳に残る。
「くふ……、ふ、ふふ……。あーはっはぁ!」
ふいに、ヤヨイの口からタガを外したような笑いが上がる。
まるで、当惑する少年少女を嘲笑うかのよう――いやな笑い方であった。
「あの野郎……。こっちが少しばかり脅しをかけたものだから、ムキになって肩入れしてきたかぁ?」
「ヤヨイさん……」
「あぁ、美名ちゃん。そんなに哀しい顔しないでくれよ。これからいっしょに旅をしていく仲間にさぁ」
美名も明良も、あらためて実感する。
木に結わえつけられ、悲愴に暮れていたヤヨイはすでに消えた。
口調やしゃべり方、いやらしく歪む表情――今、ここにいるのは、ヤヨイとは別の誰かなのだ。
「レイドログ様……なんですか……?」
「だとしたらどうする? ゼダンの提言どおり、俺ごと、この餓鬼を殺すかな?」
「……」
「だが、俺はなにも痛くない。どこも怪我しない。ただ、この餓鬼が死ぬだけ。そこに伸びてるギアガンの弟子が死にゆくだけ。これも、ヤツが言っていったとおりだな、はっはぁ!」
「外道め……」
「さぁ、美名ちゃん。解きなよ」
「解くって……、何を……?」
「決まっているだろう。この忌々しい縛りつけを解けと言っているんだ。これは『頼み』なんかじゃないよ? 命令だ。さっさとこんな古臭い国なんか出て、
ヤヨイの口の端が吊り上がる。
その変貌――少女の見知ったヤヨイの顔が、見知らぬ愉悦に
「美名ちゃんとふたりきり……。そうなれば、この
「レイドログ様……。お願いです。もう、やめてください。ヤヨイさんもグンカ様も、助けてください……。お願いします」
美名は、懇願するように、ゆっくりと深く頭を下げた。
「あぁ、そうじゃない。そうじゃないんだ。そんな情けない姿を見たいんじゃない。それだったら、剣を構え、この餓鬼を殺しに来てくれるほうがよほど気持ちがいい見世物だ」
「お願いします、レイドログ様……」
「く、ふふ。いや……。これはこれで……」
ただ頭を下げる美名。
そんな彼女を、喜色満面で眺め下ろすヤヨイ。
あまりに理不尽なやりとりに怒り、けれど刀を抜くこともできず、わなわなと震えるばかりだった明良は、少女の真下の地面に滴がぽたりと落ちたのを見て、思わず、「バリ」と叫んでいた。
「バリッ! 附名の筆頭ッ! 何か、手立てはないのか?!」
ギリギリと歯軋り鳴らし、明良は、オ・バリに詰め寄っていく。
「あの外道をヤヨイから追い出し、助け出す方策が、何かあるだろう、バリ?!」
美名から少年へ、憎々しい目つきを向けたヤヨイは、「黙れ」と吐き捨てるように言った。
「今は、お前みたいなクソ小僧の出る幕じゃない」
「貴様こそ、黙っておけ!」
少年は、
「いいか、レイドログ! たとえ、この場の結果がどうなろうと……、美名が悲しむ結果になろうと! 俺は、貴様を必ず殺す……。殺しに行くぞ!」
「はぁん……。偽善者が。戦争反対だの、真名だの言っておいて、殺害宣告とは、化けの皮が剥がれたな?」
「黙れ!」
明良は、ヤヨイに向かい、突進していく。
「明良、ダメ!」
「ほら、殺せ! さぁ、そのなまくらを突き立てろ!」
刀を水平に浮かせ、駆け抜ける。
だが、その刀は途中で放られ――代わりに明良は、懐から何をかを取り出した。美名がよく見れば、それは、刀身を
少年の手中で、その懐紙がクシャクシャにまるめられる。
そして――。
「ふぐっ?!」
笑い上げていたヤヨイの大口に、そのまるめ紙が詰め込まれた。
「――ッ?! ――!」
「バリ、これでいいんだな?!」
同じようにまるめ紙を作り、二、三個を追加で入れ込んでから、明良は、後ろへと振り返った。
「ああ。ひとまずはそれでいい。だが、飲み込まれたら、ヤヨイくんの身体によくない。すぐに布切れかなにかに変え、さるぐつわをしてくれ」
実のところ、少年は、さきほどの挑発で激昂を見せた際、背後から――バリから小声での指示を受け取っていたのだ。「口を塞げ」と。
「今の状態で唯一使えるのは、口だ。『自害する』などとヤヨイくんの身体を盾にされたら面倒だし、なにより、聞くに
ジタバタと暴れるヤヨイ。
縄を取り出し、言われたとおり、さるぐつわを施す明良。
事の成り行きを見守っていた美名は、慌てて駆け寄ると、附名のバリの縄を解きにかかった。
「バリ様……。ヤヨイさんやグンカ様を助ける手立てがあるのですか?」
「……ひとつ、思いついたことがあるんだ。今からそれを試す。さっさとしよう。ゼダンがまた、邪魔しにくるとも限らない」
不安げな顔色の少女に、バリは、ふっと笑いかけてやった。
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