遺物の保管庫と針が示す先 1

「遺物庫に入った賊の詳細は不明ですが、手下てかの遺体につけられた傷からすると、敵方の得物は刀剣のたぐいが一種のみ……。人数は、そう多くなかったはずです」


 冬の時季の陽は、傾きだしてからは暮れるのも早い。

 暗くなりかけた教会区の敷地内、しょくを持つ男は、静かな口調でクミらに話してくれる。


 内証ないしょう室での会議にひとまずの区切りをつけ、諸々もろもろの詳細を詰めるフクシロを残すと、クミとニクラ、ニクリの三人は十角宮じっかっきゅうを出てきていた。彼女らは、この保安ほあん手司しゅしに同道を願い、神代じんだい遺物いぶつの保管庫に向かっているのである。

 保安手とは、遺物をはじめ、教会が所有する物資宝物ほうもつを管理、保全する部門であり、に入るには、彼の随伴が必要だった。


「しかし、『』と仰られても、片付けもとうに済んでおりますし、それがなくとも直後の状況は、手下の凄惨せいさんな有り様以外、まるで何事もなかったように整然としておりましたが……」

「髪の毛でも爪のアカでも、なんでもいいんです。少しでもなにかを見つけることができたら、この『指針釦ししんのこう』を使える。反逆グループを追う手がかりになるんです」


 首に提げる銀装飾に手を添え、クミは言う。

 

 先刻の会議のなか、彼女がふいに思いついたのがこれだった。

 指針釦――探しビトの位置を知れるこの遺物の性質を利用し、レイドログとシアラの行方を追う。そのために遺物保管庫に向かい、「対象の身体の一部」を探そうというのだ。


「だけど、クミ。シアラは、明良あきらくんにその遺物を渡した張本人でしょう? こっちが指針釦を保有してることは承知だろうし、君も知ってのとおり、アイツはこすいヤツよ。髪の毛一本だろうと残していく危険性も充分に知りつくしているはずよ」

「そりゃあ、そうでしょうね」

「だったら、なんにもないかもしれないのんね……。塔のなかで足音まで消してたキョライさんが、迂闊うかつになにか残していくとは思えないのん。他のヒトが盗みの犯人だったとしても、『現場には何も残さないでください』って教えてるはずだのん」

「んもう、リィまでそんなこと言って……」


 黒ネコは、「はぁ」とひとつ息を吐くと、波導はどう大師の身体をスルスルと登り、肩のうえまでやってきた。


「やってみなくちゃ判んない。行ってみなくちゃ、見つかるものも見つかんない。やれることはぜんぶやってみようよ。リィもラァも、やられっぱなしはイヤでしょ?」

「それはそうだけど、ね」

「のん……」

「私もイヤよ。皆みたいに戦力にはならないかもだけど、これだけ好き勝手されて黙ってられないわ。ここらでガツンと一発、反撃のきっかけを作ってやるわよ!」


 小さなネコは、少女の肩上で鼻息を荒くし、高らかに言い上げる。


「それにしても、リィのキョライさんのモノマネ。すごい上手だった……っていうか、キョライさんそのものだったわね。声色とか口調とか、ホントそのまんま」

擬声ぎせいっていうラ行の術だのん。ラァのほうがもっと上手くて、隣のルガちんの声をマネてネムちんとくっつけて――」


 妹の軽口を、「そんな昔のことは今はいいでしょ」と止めるニクラ。


「ともかく、現状は、やれることがそう多くないのは確かよ。クミの『ガツン』のため、しらみ潰しにでも探してやろうじゃない」


 そうこうするうち、一行は、ひとつの建屋敷地に到着する。

 鉄柵に囲われた石造りの建物はこぢんまりとしており、神のからの秘宝を数多く所蔵しているとは思えない。

 クミたちのその当惑を察したのか、保安手司が「この建物は地下貯蔵庫への入り口になります」と説明をくれた。


「庫内に入るには、この鉄柵門扉と内部、二か所を開錠しなければなりません。常であれば、その鍵を別々に持ったふたりが警備の役でした。半年前まではどちらも単なる金物かなものじょうでしたが、モモノ幻燈げんとう大師にからというもの、内部の施錠には、もうひと工夫、施しておりました」

「あぁ……。『烽火ほうか』のとき、モモ大師がってヤツですね」


 保安手司は、鍵束からひとつをり取り、ガチャリと重々しい音をたてて開錠すると、門扉を開く。

 鉄柵の内へと入り、建屋に続く短い小径こみちを歩くなか、「『もうひと工夫』っていうのは?」と、ニクラがたずねた。


「先ほどの客人まろうど様の話ではありませんが、神代遺物のひとつに、『音繰ねくまどか』というのがありまして、特定の音に反応して回転動作する、石のようなものです。その音はあらかじめ覚え込ませることができるものですから、モモノ大師の一件以降、金物錠とは別にこの遺物を加工した特殊錠を設置し、警備のひとりの声をとしていたのです」

「なるほど……、居坂いさかの音声認識セキュリティってところですかね。魔名術もたいがいだけど、神代遺物の不思議なちからも、相当ぶっとんでるわよね……」


 建屋へと立ち入り、手近な燭台に火が灯されると、すぐ先に見つけることができた石段。そこを下りて行くと、やがて一行は、頑丈そうな鉄扉の前に降り立った。


「手下のひとりは、外の鉄柵のところ。もうひとりは、ここで倒れておりました。魔名術だけでなく、槍術にも覚えがあった者たちです。だが、。応戦したものの、あえなく敗れてしまった彼らは、よほど痛めつけられたのでしょう。庫内に侵入する手段を白状してしまった。そのような傷も見受けられました。として使われたあとは、もはや用無しと打ち捨てられ……」


 鉄扉の中心には薄青の色をつけられた硝子がらすのような石がめこまれており、保安手司は、その石を前にして訥々とつとつと語る。語り口には憐憫れんびんがにじみ、クミや少女らは言葉をはさむことができない。


「彼らの無念を『ガツン』と晴らしてやってください、客人様」

「……はい。頑張ります」

「『閉ざす扉には、神からの術でなく、寄り添う声が必要である』」


 それがの文句なのだろう、保安手司が幻燈大神たいしん神言かみごとをもじった発言をすると、扉の透明石がクルと回る。その拍子にガコンと鳴った音が、保安手司の憐憫の情に応えたかのよう、地下階段に長く響いた。

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