隻眼の刺客と月光下の少年

 尾根の向こう。小さく、遠く聴こえる鐘からすると、時刻はを迎えたのだろう。真夜中である。宵の口あたりからは雪も降り止んでおり、今、夜空に映えるのはふたつの月である。

 そんな月光下のイリサワの廃墟に、物陰を伝いつつ、移動する人影があった。

 オ・バリである。


(足跡にかかった雪からすると、やはり、明良あきらくんたちからはだいぶ遅れてしまったな……)


 粗雑そざつな「色変しきへん」製造の品であろうか、ムラの多い白色のゆき合羽がっぱを着込んだ姿。頭部には二日前――いや、すでに三日前に変わっている――明良との決闘時に負った傷のためだろう、左の目を完全に塞ぐように覆い布を巻いていた。


(もしかすると、ゼダンはもっと先……。海を越えたか?)


 大都から飛び去っていくゼダン、その後を追うように街道を行った明良たち。彼らのあとを尾けてきたバリは、ほぼ丸一日前のこと、ひとつの失敗をしていた。知らずに重ねていた疲れのためか、あるいは、片目の視野にようやく慣れてきたと油断したためか、歩を進めた折に足元の枝葉で音を立ててしまったのだ。そのため、明良に尾行を感づかれてしまったのだろう。まもなく、追っていた足跡がふいに途切れ、明良たちを見失った。けむに巻かれてしまったのだ。

 以降、バリは慎重になった。それまでの道筋から彼らの目的地の方角を定めると、まずは身体を休めた。夜になり、身を隠しやすくなってから尾行を再開し、このイリサワにたどりついてきたのだ。

 しかし――。


(おそらく、明良くんたちがここを通っていったのは半日以内……。これ以上に離されるようであれば、傷のためにも、一度、出直したほうがいいか?)


 バリは、襲撃の算段を見直しはじめている。


(しかし……。この村里で、なにがあったんだ?)


 自らが身を隠す物影の向こう、バリは、人家とおぼしき内部をのぞき見る。

 間仕切りの土台は残るが、屋根も壁も、散々に吹き飛ばされたかのような荒れ具合。まるで、つい先ほどまで使われていたかのような布団があり、そのうえには、吹きさらしのために雪が積もっている。崩れかけた壁には、ところどころ、「矢」――弓術武芸で使われるもの――が突き刺さっていた。

 バリにとっては、まるで不可解な光景である。


(ゼダンが自ら動いたのは、この村に起きた異状……、これに対処するためか? あるいは、なんらかの理由でゼダン自身がこの村を……)


 思案に暮れながらも足跡を追っていくことを続けていると、ひときわ大きく、横に長い壁――だがこれも、おおいに破壊されている――にたどり着いた。


(マズいな……)


 門らしき箇所に続く足跡を眺めて、バリは喉を鳴らした。


ぼくは断ち切ったが、そうじゃなくても判る、明白な凶兆……。誘われているようなこの感覚……。罠がある……)


 明良という少年は、罠を張るような性質ではない。そうであったなら、尾行に気付いた直後、罠を仕掛けてきていたはずである。煙に巻いて「尾行のことを知っている」と報せるより、それを逆手にとったほうが術中におとしいれやすい。

 予感ではあるが、この罠は、おそらくはゼダンが仕向けたもの。手下てかの少年とこの地で合流し、尾行する者があると知った仇敵が、自身を抹殺するために仕掛けたものであろう。敵対者には容赦のないゼダン。これより先は、魔名の返上は必至であろう。

 だがバリは、廃墟へと歩を進めていった――。


(罠があるということは、ゼダンが今、この場にいるはずだ……)


 門を抜け、の直進廊を行く。


(今度こそ、一刀いっとうを刺しこんでくれる)


 まもなくして、向かう先に、開けた出口らしきところ、そこに立ちはだかる人影を見つけた。

 細身の刀をげ、顔をうつむけた少年である――。


「遅かったな、バリ」

「明良くん……。君が現れたということは、ここに罠はないと見ていいのかい?」


 バリが感じる限り、少年以外、近くにヒトの気配はないようだった。いるとすれば、「何処いずこか」に身を隠したゼダンであろう。相手がふいに現れても応じられるよう、バリは、右手の得物を握り直す。


「その手……。治ったんだね」

「……」

「ゼダンはどこだい? また、『君と戦え』ということかい?」

「……貴様と問答する時間も惜しい」


 月光の下、顔を上げる少年。

 それを合図にしたかのよう、バリの足元が突如として


「な?!」


 外から神学館を眺め、バリが茫洋ぼうようと感じた「罠の予感」。

 彼自身、自覚していなかったその根拠は、無意識下でとあることに違和感を覚えていたためである。

 すなわち、「なぜ、門を抜けて以降、吹きさらしのみちのか」――。


(これは、カ行か?!)


 その答えは、「石動いするぎ」の魔名術。

 カ行動力どうりきの熟達、コ・グンカの協力を得て、明良が仕掛けた「カ行・磊牢らいろう」の仕掛けのためであった。


「バリ。貴様の復讐は、ここで仕舞しまいだ」


 聞こえていないかとは思ったが、明良は、オ・バリを包み捕らえた巨大な卵のような土石の牢に向かい、そう告げた。

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