隻眼の刺客と月光下の少年
尾根の向こう。小さく、遠く聴こえる鐘からすると、時刻は
そんな月光下のイリサワの廃墟に、物陰を伝いつつ、移動する人影があった。
オ・バリである。
(足跡にかかった雪からすると、やはり、
(もしかすると、ゼダンはもっと先……。海を越えたか?)
大都から飛び去っていくゼダン、その後を追うように街道を行った明良たち。彼らのあとを尾けてきたバリは、ほぼ丸一日前のこと、ひとつの失敗をしていた。知らずに重ねていた疲れのためか、あるいは、片目の視野にようやく慣れてきたと油断したためか、歩を進めた折に足元の枝葉で音を立ててしまったのだ。そのため、明良に尾行を感づかれてしまったのだろう。まもなく、追っていた足跡がふいに途切れ、明良たちを見失った。
以降、バリは慎重になった。それまでの道筋から彼らの目的地の方角を定めると、まずは身体を休めた。夜になり、身を隠しやすくなってから尾行を再開し、このイリサワにたどりついてきたのだ。
しかし――。
(おそらく、明良くんたちがここを通っていったのは半日以内……。これ以上に離されるようであれば、傷のためにも、一度、出直したほうがいいか?)
バリは、襲撃の算段を見直しはじめている。
(しかし……。この村里で、なにがあったんだ?)
自らが身を隠す物影の向こう、バリは、人家と
間仕切りの土台は残るが、屋根も壁も、散々に吹き飛ばされたかのような荒れ具合。まるで、つい先ほどまで使われていたかのような布団があり、そのうえには、吹きさらしのために雪が積もっている。崩れかけた壁には、ところどころ、「矢」――弓術武芸で使われるもの――が突き刺さっていた。
バリにとっては、まるで不可解な光景である。
(ゼダンが自ら動いたのは、この村に起きた異状……、これに対処するためか? あるいは、なんらかの理由でゼダン自身がこの村を……)
思案に暮れながらも足跡を追っていくことを続けていると、ひときわ大きく、横に長い壁――だがこれも、おおいに破壊されている――にたどり着いた。
(マズいな……)
門らしき箇所に続く足跡を眺めて、バリは喉を鳴らした。
(
明良という少年は、罠を張るような性質ではない。そうであったなら、尾行に気付いた直後、罠を仕掛けてきていたはずである。煙に巻いて「尾行のことを知っている」と報せるより、それを逆手にとったほうが術中に
予感ではあるが、この罠は、おそらくはゼダンが仕向けたもの。
だがバリは、廃墟へと歩を進めていった――。
(罠があるということは、ゼダンが今、この場にいるはずだ……)
門を抜け、土が剥きだしの直進廊を行く。
(今度こそ、
まもなくして、向かう先に、開けた出口らしきところ、そこに立ちはだかる人影を見つけた。
細身の刀を
「遅かったな、バリ」
「明良くん……。君が現れたということは、ここに罠はないと見ていいのかい?」
バリが感じる限り、少年以外、近くにヒトの気配はないようだった。いるとすれば、「
「その手……。治ったんだね」
「……」
「ゼダンはどこだい? また、『君と戦え』ということかい?」
「……貴様と問答する時間も惜しい」
月光の下、顔を上げる少年。
それを合図にしたかのよう、バリの足元が突如として動いた。
「な?!」
外から神学館を眺め、バリが
彼自身、自覚していなかったその根拠は、無意識下でとあることに違和感を覚えていたためである。
すなわち、「なぜ、門を抜けて以降、吹きさらしの
(これは、カ行か?!)
その答えは、「
カ行
「バリ。貴様の復讐は、ここで
聞こえていないかとは思ったが、明良は、オ・バリを包み捕らえた巨大な卵のような土石の牢に向かい、そう告げた。
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