十行会議と大都からの報せ 3

「レイドログ大師。美名さんの大師就任に関し、何かしら異議があるのでしょうか?」


 「査問」の口火を自ら切らん、と意気いき軒高けんこう使役しえき大師へ、教主フクシロから質問が投げられる。


「異議などありませんよ。美名ちゃんがいなければ、今や、十行じっぎょう大師たいしはその数も半分を切らんばかりだ。ワ行劫奪こうだつの大師、喜ばしい限り。諸手もろてを上げて大歓迎です」

「では、形式ばかりの査問より、まず先に協議したいことがあるのですが……」


 相手の声音が潜められ、神妙な面差しを見てとったレイドログ。彼は、片眉を落とし、それとは逆の口の端を吊り上げる、なんとも大仰な表情を作る。


「これは、俺の早計だったかな? 他にも大師に就任する者があるのですね」


 使役しえき大師の推察に「いえ」とかぶりを振るフクシロ。


他行ほかぎょうの大師に関しては、おいおい差配してまいります。特に、魔名返上が明らかとなった、カ行とマ行は……」

「じゃあ、それとは別。美名ちゃんのことを深く知る以上、大事な話があるというわけだ」

「……比べるものではございませんが」

「うむ。俺は構わないが……、はそうもいかないようだ」


 ふんと鼻を鳴らし、レイドログは肩をすくめてみせる。

 すると、これまでずっとおとなしかった「飛雨ひゅうせき」がその翼を広げ、彼の肩上より飛び立った。鏡張りの堂内を、ギィギィと甲高い声を上げながら飛び回る。


「ズッペルは美名ちゃんとお話ししたいようですよ」


 「シツギ園」の会堂が広いとはいえ、それは、十数人ばかりが寄り集まって会議するにしては、である。翼を拡げれば大人ひとりを悠に超える大きさのアヤカムが跳梁ちょうりょうするには狭く、彼(または彼女であろうか)の奇声をやりすごすには反響が強すぎる。めいめいは、耳を抑え、顔をしかめだす。

 

「レイドログさん! このアヤカムを止めて!」

「おい、収めてくれんか! うるさくてしょうがない」


 騒々しさの渦中にあって、レイドログは泰然として笑った。


「知っているでしょう、タイバ師。プリム嬢も。ズッペルは使。俺たちはふたりでひとつ。コイツが気に食わないのであれば、『タ行の大師』は首を縦に振らない」

弄言ろうげんですよ!」


 負けじと叫び上げられたプリム大師の声も、ズッペルの狂騒に取り込まれた。


 耳のよい美名にとり、アヤカムの乱舞らんぶ咆哮ほうこうはひと際に耐えがたいものであった。

 最前に対面したズッペルのつぶらな瞳。つるつるとした肌触りを予想させる外皮。アヤカムにしては人懐っこく、クミとはまた違った愛らしさがあると興味惹かれてはいたが、これ以上、会議の場が荒らされるのであれば――。

 しかし、いている刀の柄に少女が手を掛けたとき、傍らのフクシロが「判りました」と呟いたようだった。

 騒音のなか、そばの美名でさえやっと聞き取れるほどにか細い声。だが、それを聞きつけたとでもいうのか、ズッペルは飛び回ることを止め、レイドログ大師の肩へと舞い戻る。


「よかったな、ズッペル。お許しが出た」


 居所に収まったアヤカムは、黒々とした瞳を美名に据えたまま、に撫でられたことに応えるかのよう、「きぃ」とひと鳴きする。

 おとなしくしていれば、なんとも珍妙で可愛いのに、とひと息入れながら、美名は刀から手を離した。


「……今後、美名さんとお話できる機会はいくらでもありましょうから、あまり、間延びしないようにだけお願いいたします」

「了解しましたよ」


 堂内の大師連中から不興を買ったことも意に介さず、使役大師は嬉々として揉み手をする。「ひとクセどころじゃないわね」と足元で嘆息を吐くクミに、美名もはなはだ同感であった。


「さて、美名ちゃん。はじめようか」

「……はい」


 とはいえ、相手は大師職の先人。フクシロの承認のもと、この場が「自身への査問」になったのであれば、問われたことに誠心で答えねばならない。

 美名はレイドログへと正対した。

 ズッペルのにより、査問の先取がレイドログにあることは歴然。静まった場のなか、使役大師はもったいぶるように咳ばらいから始めた。

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