十行会議と大都からの報せ 1

「半分が空席だからね。会議と名を変えたほうがいいかもしれないな」


 レイドログ使役しえき大師の皮肉を無視するように、卓の天板を開き上げ、フクシロは中央の空間へと歩み入ってゆく。


他奮たふん大師からは、明確に欠席するとの連絡を受けております」

「なんだ、ハマちゃん。『浮揚ふよう』の動力どうりき手下てか、手放してしまったかな。それとも、俺がちょっかい出し過ぎるから、ついに愛想を尽かしたか」

「……どころの話ではないかもしれません。ハマダリン大師は、今後一切、魔名教会本部からの命には従いかねると言ってきております」

「うお……。それはまた……」

「なんて不遜ふそんな……」


 使役と自奮じふんの大師とが閉口したところ、「栓ないことよ」と口をはさむのはタイバ識者しきしゃ大師。


「あの女傑はフクシロ様……、先代に心酔しとって、フクシロ様がその跡を継ぐこと、望んでおった。だが、マアニン様とはまったく異なる『真名まなの考え』をフクシロ様は明らかにされ、ハマダリンは当惑しとるだけじゃろ」

「……他奮大師の件は、いずれ、私自ら、セレノアスールに赴き、弁明することとします」


 座を連ねる大師らに見守られるかのよう、中央の椅子の横に立ったフクシロは、もうひと度、「始めます」と宣言した。


 まず議題とされたのは、「一連の事変への裁定決議」である。

 司教ゼダンが画策し、教主以下、様々を陥れんとした騒動。首謀ゼダンは行方知れずの身の上であるから、裁定対象となるのは、「魔名解放党」に参加していた者ら。その代表としてこの場に招聘しょうへいされた形であるロ・ニクラ。そして、ノ・タイバ識者大師である。


「――以上をもって、『解放党』に所属し、『烽火ほうか』に参画したる者は十日とおか禁固きんこ。ゼダンの甘言にそそのかされ、実働務めたるニクラは徒党先導の五日を加え、十五日。福城ふくしろ住民の生活の根幹たる大橋を損壊させたタイバ大師は三十日の禁固。加えて、大師はこの日にちのあいだ無禄むろくとします」


 教戒の曖昧な罪業定義に照らしつつも、だいぶ減免した内容とその理由について、訥々とつとつと語るフクシロに、「待たれよ」と割って入ったのは、これもまたタイバ大師。


「それだけの不自由で済むというならこれ幸いじゃが、もうひとつ、譲ってくれんかの?」

「ひとりだけ禁固日数が長いから、減じろ……。そういうことでしょうか、タイバ大師?」

「いや、それは構わん。逆に、大師職の執務に囚われん、自由な時間ができるのは色々とやれることが出来て助かるわい」


 「禁固」の意味を知らないのか、知っていて何か企んでいるのか、おそらく、老練な識者大師は後者であろう。彼は、対面の卓の上でちょこねんと座っている黒ネコをチラリと見遣ってきた。


(うっ……。タイバ大師、を……、私が教えた「神世かみよの稼ぎ方」の準備を、早速、刑罰の執行期間中にやるつもりね……)


 ネコが返した視線に白髭を揺らすタイバ。

 クミが察したことをさとり、「そのとおりじゃ」とでも応じるかのよう、老大師の目元は笑っている。


(転んでもタダでは起きないって、まさにタイバ大師のためにあるような言葉だわ……)


「では、何を譲れと仰るのでしょうか」


 老師は、ネコからたずね返してきたフクシロへと目を戻す。


「大師ろくの剥奪は……、勘弁してもらえんかの。ただでさえ、今回の件ではこっぴどく叱られたというのに、この上、手当も取り上げられるようでは、我が家の妻君さいくんは怒り心頭で魔名を吹き荒らしてしまう」


 タイバ大師が飄々ひょうひょうと言ってのけた減免の願いとその理由に、「シツギ園」の会堂内は呆然とした空気に包まれる。

 美名は目を丸くし、クミとプリム大師とはため息を吐き、ニクリは何が面白いのか、爛々らんらんと顔を輝かせ、ニクラは憮然とした表情を崩さないままに立ち尽くす。レイドログ大師の抜けるような笑い声が堂内に響くなか、瞑目めいもくした教主フクシロは、厳然と「却下します」と言い放った。

 にやけた顔つきのまま、タイバ大師は軽く舌打ちを鳴らした。その様子からも、彼自身も当然、通るわけがないと踏んでいたのは明らかである。


「やれ、ともすれば、と言ってはみたが、フクシロ様もぎょしにくくなってきたのう」

「……ニクラさん」


 タイバの軽口には応じず、フクシロは波導大師ニクリの背後、魔名解放党の首魁しゅかい、ロ・ニクラに顔を向けた。


「もし、今のタイバ大師のように、何か仰りたいこと、訴えたいことがございましたら、どうぞ遠慮なく申し出てください」

「ありません」


 真っ直ぐにフクシロを見据えながら、ニクラも毅然として言う。


「どんな抗議も正当も、すべては罰を為してから効を持ちます。それでなくとも、本件では恩赦の限りを頂戴しております。異論も異議も、はさむ余地はありません。謹んで拝受します」

「ふん、慇懃いんぎんぶりおって。わしままを言うとるようではないか」

「『言ってるよう』じゃなくて、大師のはホント、ワガママじゃない……」


 つい口をついて出てきたネコの呟きで、堂内にはまたも笑い声が響く。今度はレイドログだけでなく、美名も、ニクリも、当人であるタイバも加わり、教主とニクラとは思わずといった苦笑。

 裁定の場とは思えない、なんとも団欒だんらんな雰囲気――。


「少し、よろしいですか?」


 そこに神妙な声音を投げたのは、自奮大師ソ・プリム。

 場の空気はぴたりと止み、フクシロは背後へと振り返る。


「はい、プリム大師。いかがなされたでしょう」

「……軽すぎはしませんか?」


 どこか、咎めるような目つきをニクラ、タイバへと流し、プリム大師はふたたび、フクシロを見遣る。教主に向けられた眼差しにも、非難の色がかすかに残っていた。

 彼女は「刑罰が軽すぎる」と言っているのであろう。堂内のなごやかだった雰囲気が、突如として重苦しいものへと変わったよう、クミには感じられた。


「魔名教の主都を騒動に巻き込んで、由緒ある大橋に穴をいくつも開けて、それで自粛だけの禁固がたったの四週か、それ以下。これでは、罰が軽すぎて、他の、真っ当な信徒に対して面目めんもくが立たないのではないでしょうか? 私の教区では、民家に押し入った暴漢でさえ、磔刑たっけい断手だんしゅ陰刑いんけいを当然としております」


 「断手、陰刑って何?」と小声で聞くクミに、美名は「切る刑罰だよ」と答えてやる。


「切るって……? 何? 『断首だんしゅ』だから……。首?」

「首じゃなくて、手とか、その……、男のヒトの……、その……」

「あ、あぁ~……。なるほどね……」


 美名らのひそみ声さえ咎めるかのよう、眉をひそめるプリム。

 そんな自奮大師に向け、フクシロは「妥当と考えております」と答えた。

 

「……先ほど申しましたとおり、結果としてではありますが、『解放党』それ自体は福城ふくしろの町に実害をもたらしてはおりません。タイバ大師の大橋の件は、損壊の罪に対するものとして教戒に例示されております禁固と弁償とを付与しており、過不足はないと思います」

「ですが、これでは魔名教会はゆるいと悪漢悪女に軽視されますよ。当代のフクシロは私心ししんを混ぜ、罪を減ずる暗愚だ。『真名』の考えなど、やはり軟弱だと……」

「『真名』に言い及ぶのは、論が逸脱して……」


 言い返すフクシロを遮り、「百日禁固」と声高に叫ぶ者があった。


「百日禁固と無償勤仕、五十週。加えて、断手ひとつ」


 言い及ばれている当人、ロ・ニクラである。

 胸を張り、視線は宙の一点に定め、少女はつらつらと刑罰の並びを言い上げた。

 言い終えたかと見計らった頃、身を震わせつつのプリムが、「何?」と少女をいぶかしむ。


「何なの、いきなり。あなたの発言を、フクシロ様は許可していないでしょう……」

「構いません。ニクラさん、今のはいったい?」

「私への罰を、今の列挙へと変更願います」


 瞬きを繰り返し、「え」と言葉に詰まるフクシロ。


「この内容に免じ、タイバ大師を含む他の者への責罰せきばつを、フクシロ様の御提示どおりに執行いただきたく、願います」

「ですが、ニクラさんが……、断手に及ぶなど……」

「願います」


 キッとプリム大師を睨みつけるニクラ。


「これで満足ですよね?」

「いえ、私は、そこまで重くしろとは……」

「ご満足なんですよね?」


 口をつぐみ、冷然として視線をぶつけ合うニクラとプリム。

 「倍の日数で」と割って入ったフクシロの声音は、その睨み合いを断ち切るかのよう、強いものだった。


「今の提案は却下といたします。代わりに、各々、禁固の日数を倍。加えて、無償勤仕を最低でも二週、課します。それでいいですね、ニクラさん?」

「……はい」

「プリム大師。妥当な罰として、これで承認いただけますか?」

「……承認いたします」


 剣呑けんのんな雰囲気がかもされつつあった堂内、ひとまずは落ち着いたと安堵吐く教主フクシロ。またもや、タイバはなにか言いたげに口を開きかけたが、先んじて制するかのよう、目を向けてきた少女教主のやや疲れたような見目。軽口が過ぎてはいかんな、と老大師は自制した。

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