丘の者らとてれび放送

「『伝えること』だと……? 何だ……、これは。何が起こってるんだッ! タイバぁッ!」


 怒気を露わに叫ぶゼダンを見上げ、識者しきしゃ大師タイバはニヤリとする。


「平手を遊ばせておいてよいのか、ゼダンよ? フクシロ様が宣布せんぷを終えるよりも長く、四半刻以上もの時間を支払ってくれるというのか?」

「……食わせ者のじじいがッ!」


『この「てれび」放送は、波導はどうの光と音で皆様にお送りしております。ですが、「曲光きょくこう」での像は福城ふくしろにのみ、「伝声」は、福城周辺にしか届けられておりません』


 自らの周囲に平手を向け、「ナ行・封魔ふうま」の解除をしはじめながら、司教ゼダンは苛立たし気に「波導の双児ふたごかッ!」と叫び上げる。


「『曲光』と『伝声でんせい』……。あの小娘、拾ってやった大恩たいおんを忘れたか!」


 そう言うゼダンは、「烽火ほうか」の夜、小娘ニクラをあっさり見限った男である。ひとがりのゼダンを無視するように、少女教主の映像は続ける。


『そこで、各地のラ行波導の方々にお願いがございます。この「像の光」と「声」を、転送願えますか。これから私がお伝えすることを、広く居坂に、多くのヒトに届けるため、ご協力をいただけませんか。隣村まででも結構です。すぐ隣の家まででも結構です。今、ご覧になられている光を、お聞きになっている声を、より遠く、少しでも遠く、送り直していただけますでしょうか。それは、決して無駄なことではありません。罪になることでもありません。皆様のそのご助力は、ラ行の魔名は、居坂に高らかに響きます。皆様の響いた魔名は、これから私が話しますことにも通じます。ぜひ、お願いいたします』


 面相麗しい教主の、楚々そそとした物言いの依頼が効を奏したのか、「カ行の丘」から見渡せる空に、ぽつぽつと「曲光」の像が大小に出現しだす。福城の町を超えた遠くの空でも、二、三の映像が浮かんでいるよう。


『前段として、先日、魔名教会司教、コ・ゼダンより通告がありましたことについて、教主フクシロより、真実を申し述べます……』


 口上からすると、教主フクシロは「伝えたいこと」にまず先駆け、ここ数日、主都福城を中心として起こっていた騒動、司教の翻意ほんい、彼の謀計のため、教主一党が冤罪えんざいを被ったことを話すつもりであるらしい。


 何が起きているのか、呆気にとられていた美名と明良あきらは、教主の声が訥々とつとつと響くなか、ハッとしてタイバ大師に向き直った。


「タイバ様ッ!」

「これは一体、何が起きてる?!」

「おお、嬢ちゃんら。すまんかったの。色々とヒドいコトを言ったわい」


 タイバは宙――ゼダンに向ける平手を降ろさず、横目をくれた。

 美名がよく見れば、識者大師は掲げ上げる腕を震わせ、禿頭とくとうからは幾筋もの脂汗を流している。破顔してみせたタイバは、いつものとおりに飄々ひょうひょうとしてはいるが、実のところ、ゼダンを囲う「封魔の壁」は生半可な集中でないことが見て取れた。

 美名はひとつ、落涙する。

 それは、哀しいがための涙でなく、嬉しいがための涙――。


「タイバ様は……、ゼダンの手下てかになんて、なりにきたんじゃないんですね。私たちの援けになってくれるために、来てくれたんですね……」


 美名の感激に、タイバは「ほっほ」と嬉しそうに笑った。


「もう少し、近うに来てくれんかの。あまり集中を切らすのも。声を張るのも喉が難儀での」

「でも……、私たちが動けば、メルララ様が……」

「お前様の『名づけ師』か。は大丈夫じゃ。ゼダンは文字通り、手を出せん。今であれば、『何処いずこか』を脱け出せる嬢ちゃんらの得意で助け出せるやもしれん。試してみせい」

「……はい!」


 お互いの顔を見合わせ、頷き合い、「ワ行・奪地だっち」をかけ、かけられ、少女と少年は空へと翔び上がる。


「クソ餓鬼がきどもッ!」


 何かを張り叩くような騒々しい音を立てつつ、飛翔接近してきた美名らに向け、ゼダンは怒号を発する。


「今なら私を斬れるやもしれんぞ! 貴様らを散々に虚仮こけにしたこの私を、今ならば……」

「するものか」


 冷ややかな青灰せいはいの瞳を投げて、明良は断じる。


「それは、大師より聞き及んでいた『くうへの識者術』だ。『硬化こうか』と『封魔』の合わせ術だ。今の貴様には易々やすやすとは破れん代物。だが、俺と美名であれば

「……ぐっ!」

「貴様は、その壁を俺たちに斬らせ、突破しようとしている。誰がするものか。今、この状況が最上で最善だ。貴様の旅路を断つことなど、この状況にあって、何の意味もない。誘うのならばもっと上手くやれ。識者大師の名演を見倣みならえ」

「この、不遜ふそんな餓鬼がぁッ!」


 歯を剥き出しにしていかるゼダンに、美名からは憐れむような眼が向けられた。


「何が起こるか、教主様がこれから何をなさるのか、私には判らないけど、これはきっと、アンタがメルララ様を……、皆をもてあそんだ報い」

「小娘ぇぇえッ! 斬れ! 斬れぇッ!」

「そこで……、ひとりぼっちで見るだけ。聞くだけ。これが、アンタの千年後の定めよ」

「クソ餓鬼めらぁあぁッ!!」


 司教の絶叫が後押しになったかのよう、美名と明良はふたり揃って、刀を振るった。

 ただ浮かんでいる片腕の傍、そらが斬られた――。


「出れるぞッ!」

「グンカ様!」


 「何処か」の裂け目よりまず飛び出してきたのは、カ行動力どうりきの熟達、コ・グンカであった。

 裂け目を超える際、空中であるがゆえ、彼は足を踏み外しかけていたが、持ち前の「カ行・浮揚ふよう」で体勢を整え、少女らと対面する。


「美名お嬢様! これは……。不甲斐なくも、またもお嬢様に援けられましたか」

「よかった! グンカ様も、メルララ様も、皆、一緒にいたんですね!」

「いえ、それが、不可思議なことに、この『出口』が出来た瞬間、気付けば幾十人ものヒトが寄り集まったのです」


 言いながら、グンカは「裂け目」を覗き見るようにし、中へ向けて手招きしたようだった。

 それを受け、続々と「裂け目」から脱け出してくる者ら。彼らは順繰りに、グンカの「浮揚」により、ゆっくりと地に降ろされた。

 その数、実に八十四人。

 いずれも「烽火」の「幻の大橋」にて明良が捕らえた者ら。当然、クメン師、ゲイル、メルララの姿もあった。


「クメン師……。すまなかった、不手際をした」

「いえ、明良さん。不手際はこちらです。それに、結果はこうして助け出されたのですから……」

「ゲイルも。よく無事だった!」

「おい。……まだ火傷が痛いから、抱きつくなよ」


 男らの横では、名づけ師と名づけられし子も抱擁し、再会を喜び合っていた。


「メルララ様、すみません。すみません! 痛い目に遭われましたよね。巻き込んでしまって、本当に……」

「美名様……。大丈夫です。ほら、この通り、平手もなんともありません。これからまだ、いくらでも、私は未名みなの子どもたちに名づけてやれることができます」

「メルララ様……」


 感極まる者らに向け、しわがれた声が「おい」と放たれる。


「喜ぶのはまだ早いぞい。もう間もなく、教主の宣布が本題に入る。それがあのゼダンめの『正中せいちゅうを砕く』ことかなわねば、わしらは一斉に魔名返上じゃ」

「そう……、そうです。タイバ様。教主様は一体、これから何を……」

「聞いとればよい。この中に識者がおれば、少しばかり『封魔』を手伝ってくれると助かるぞぉ」


 言われ、大師のもとに集まった識者術者らに加わり、自身もタイバを手伝ってやりたい想いに駆られる美名だったが、大師からはふたたび、「聞け」と戒めるように言われ、彼女は空を見上げる。十角宮の直上、「てれび」を見る。

 丘から眺める限り、先ほどよりも多くの「転送されたてれび」が空には浮かんでいた。


『……以上が、この数日、皆様の日々の暮らしの裏で起こっていたことの委細になります。魔名教会の首長たる教主と司教の係争。この愚行にともがらの皆様を巻き込んでしまったこと、誠に申し開きもありません』


 陳謝の言葉だが、教主は毅然としていた。

 髪が短くなっており、衣服もボロボロと見た目にも違いはあるが、数日前に謁見した、同じ年頃の気弱そうな少女と、この悠然と威厳溢れて話す人物とが果たして本当に同一人物であるのか、美名が戸惑うほどに――。


「変わったじゃろ? フクシロ様は」

「はい……。どこか……、モモねえ様に……」

「たった数日じゃ。儂が目を離したのも、ほんの四、五日程度。それで、いきなりああなっておった。ゼダンめの足止め役を渋る儂を、懇々こんこんと説き伏せてきおった。ヒトは変わるモンじゃな。特に、お前様らぐらいは、放っておいてもすぐに育ちよる」


 ゼダンから目を離さず、手を放さず、感慨深げに言いつのるタイバ。

 大師のその姿は、クシャのリントウ一家、優しい老婆が孫のヤッチとアユミを眺め、目を細める姿に重なる。美名の心は温かくなった。


『ですが、もうひと度、私に機会をいただけますでしょうか。教主としてではなく、皆様と同じ、居坂に生きる一個のヒトとしての、私の考えをお聞きいただけますでしょうか』


 教主の声音が明らかに変わった。

 可憐な女声はそのままだが、聴く者の心を掴み、惹き付ける強さがある。

 ざわざわと騒がしかった丘上の数十人も、騒ぎ立てていた空中のゼダンも、彼女の演説の変調にぴたりと静まり返った。

 タイバの言のとおり、ここからが本題。

 教主フクシロの「伝えたいこと」が、これより明かされる――。


『これから話しますのは、私の理念になります。居坂に広がってほしい、新しい考え方です』


 言葉が途切れると、教主フクシロの背景、森の景色が転換していく。

 どうやら、彼女の背後では白布の横断幕が張られたようだった。

 幕が張られた際、チラリと見えただいだい色の跳ね髪。「ニクラが手伝っている」と、美名と明良は同時に気付く。

 そして、この横断幕。

 この布、白一色ではない。中央上部、教主の頭上に浮かぶかのよう、黒く、ふたつの文字が書かれている。

 明良は既視感を覚え、「『解放党』の地下集会場にあったもの」を思い起こした。黒い垂れ幕を断ち切るかのよう、白く書かれた「一」。今にして思えば、あれは「解放党」の前身、「一文字いちもんじの会」を象徴する「一」の字であったのだろう。

 だが、此度このたび、教主の背に掲げられた文字は「一」ではない。

 ふたつの文字である。


 「真名」――。


『「真名まな」。これより、この「ふれえず」、この言葉が意味する理念を伝えます。この先、私の旅路のむねとする「真名」についてお話しいたします。どうか、お聞き届けください』

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