丘の者らとてれび放送
「『伝えること』だと……? 何だ……、これは。何が起こってるんだッ! タイバぁッ!」
怒気を露わに叫ぶゼダンを見上げ、
「平手を遊ばせておいてよいのか、ゼダンよ? フクシロ様が
「……食わせ者の
『この「てれび」放送は、
自らの周囲に平手を向け、「ナ行・
「『曲光』と『
そう言うゼダンは、「
『そこで、各地のラ行波導の方々にお願いがございます。この「像の光」と「声」を、転送願えますか。これから私がお伝えすることを、広く居坂に、多くのヒトに届けるため、ご協力をいただけませんか。隣村まででも結構です。すぐ隣の家まででも結構です。今、ご覧になられている光を、お聞きになっている声を、より遠く、少しでも遠く、送り直していただけますでしょうか。それは、決して無駄なことではありません。罪になることでもありません。皆様のそのご助力は、ラ行の魔名は、居坂に高らかに響きます。皆様の響いた魔名は、これから私が話しますことにも通じます。ぜひ、お願いいたします』
面相麗しい教主の、
『前段として、先日、魔名教会司教、コ・ゼダンより通告がありましたことについて、教主フクシロより、真実を申し述べます……』
口上からすると、教主フクシロは「伝えたいこと」にまず先駆け、ここ数日、主都福城を中心として起こっていた騒動、司教の
何が起きているのか、呆気にとられていた美名と
「タイバ様ッ!」
「これは一体、何が起きてる?!」
「おお、嬢ちゃんら。すまんかったの。色々とヒドいコトを言ったわい」
タイバは宙――ゼダンに向ける平手を降ろさず、横目をくれた。
美名がよく見れば、識者大師は掲げ上げる腕を震わせ、
美名はひとつ、落涙する。
それは、哀しいがための涙でなく、嬉しいがための涙――。
「タイバ様は……、ゼダンの
美名の感激に、タイバは「ほっほ」と嬉しそうに笑った。
「もう少し、近うに来てくれんかの。あまり集中を切らすのもマズい。声を張るのも喉が難儀での」
「でも……、私たちが動けば、メルララ様が……」
「お前様の『名づけ師』か。今のところは大丈夫じゃ。ゼダンは文字通り、手を出せん。今であれば、『
「……はい!」
お互いの顔を見合わせ、頷き合い、「ワ行・
「クソ
何かを張り叩くような騒々しい音を立てつつ、飛翔接近してきた美名らに向け、ゼダンは怒号を発する。
「今なら私を斬れるやもしれんぞ! 貴様らを散々に
「するものか」
冷ややかな
「それは、大師より聞き及んでいた『
「……ぐっ!」
「貴様は、その壁を俺たちに斬らせ、突破しようとしている。誰がするものか。今、この状況が最上で最善だ。貴様の旅路を断つことなど、この状況にあって、何の意味もない。誘うのならばもっと上手くやれ。識者大師の名演を
「この、
歯を剥き出しにして
「何が起こるか、教主様がこれから何をなさるのか、私には判らないけど、これはきっと、アンタがメルララ様を……、皆を
「小娘ぇぇえッ! 斬れ! 斬れぇッ!」
「そこで……、ひとりぼっちで見るだけ。聞くだけ。これが、アンタの千年後の定めよ」
「クソ餓鬼めらぁあぁッ!!」
司教の絶叫が後押しになったかのよう、美名と明良はふたり揃って、刀を振るった。
ただ浮かんでいる片腕の傍、
「出れるぞッ!」
「グンカ様!」
「何処か」の裂け目よりまず飛び出してきたのは、カ行
裂け目を超える際、空中であるがゆえ、彼は足を踏み外しかけていたが、持ち前の「カ行・
「美名お嬢様! これは……。不甲斐なくも、またもお嬢様に援けられましたか」
「よかった! グンカ様も、メルララ様も、皆、一緒にいたんですね!」
「いえ、それが、不可思議なことに、この『出口』が出来た瞬間、気付けば幾十人ものヒトが寄り集まったのです」
言いながら、グンカは「裂け目」を覗き見るようにし、中へ向けて手招きしたようだった。
それを受け、続々と「裂け目」から脱け出してくる者ら。彼らは順繰りに、グンカの「浮揚」により、ゆっくりと地に降ろされた。
その数、実に八十四人。
いずれも「烽火」の「幻の大橋」にて明良が捕らえた者ら。当然、クメン師、ゲイル、メルララの姿もあった。
「クメン師……。すまなかった、不手際をした」
「いえ、明良さん。不手際はこちらです。それに、結果はこうして助け出されたのですから……」
「ゲイルも。よく無事だった!」
「おい。……まだ火傷が痛いから、抱きつくなよ」
男らの横では、名づけ師と名づけられし子も抱擁し、再会を喜び合っていた。
「メルララ様、すみません。すみません! 痛い目に遭われましたよね。巻き込んでしまって、本当に……」
「美名様……。大丈夫です。ほら、この通り、平手もなんともありません。これからまだ、いくらでも、私は
「メルララ様……」
感極まる者らに向け、しわがれた声が「おい」と放たれる。
「喜ぶのはまだ早いぞい。もう間もなく、教主の宣布が本題に入る。それがあのゼダンめの『
「そう……、そうです。タイバ様。教主様は一体、これから何を……」
「聞いとればよい。この中に識者がおれば、少しばかり『封魔』を手伝ってくれると助かるぞぉ」
言われ、大師のもとに集まった識者術者らに加わり、自身もタイバを手伝ってやりたい想いに駆られる美名だったが、大師からはふたたび、「聞け」と戒めるように言われ、彼女は空を見上げる。十角宮の直上、「てれび」を見る。
丘から眺める限り、先ほどよりも多くの「転送されたてれび」が空には浮かんでいた。
『……以上が、この数日、皆様の日々の暮らしの裏で起こっていたことの委細になります。魔名教会の首長たる教主と司教の係争。この愚行に
陳謝の言葉だが、教主は毅然としていた。
髪が短くなっており、衣服もボロボロと見た目にも違いはあるが、数日前に謁見した、同じ年頃の気弱そうな少女と、この悠然と威厳溢れて話す人物とが果たして本当に同一人物であるのか、美名が戸惑うほどに――。
「変わったじゃろ? フクシロ様は」
「はい……。どこか……、モモ
「たった数日じゃ。儂が目を離したのも、ほんの四、五日程度。それで、いきなりああなっておった。ゼダンめの足止め役を渋る儂を、
ゼダンから目を離さず、手を放さず、感慨深げに言い
大師のその姿は、クシャのリントウ一家、優しい老婆が孫のヤッチとアユミを眺め、目を細める姿に重なる。美名の心は温かくなった。
『ですが、もうひと度、私に機会をいただけますでしょうか。教主としてではなく、皆様と同じ、居坂に生きる一個のヒトとしての、私の考えをお聞きいただけますでしょうか』
教主の声音が明らかに変わった。
可憐な女声はそのままだが、聴く者の心を掴み、惹き付ける強さがある。
ざわざわと騒がしかった丘上の数十人も、騒ぎ立てていた空中のゼダンも、彼女の演説の変調にぴたりと静まり返った。
タイバの言のとおり、ここからが本題。
教主フクシロの「伝えたいこと」が、これより明かされる――。
『これから話しますのは、私の理念になります。居坂に広がってほしい、新しい考え方です』
言葉が途切れると、教主フクシロの背景、森の景色が転換していく。
どうやら、彼女の背後では白布の横断幕が張られたようだった。
幕が張られた際、チラリと見えた
そして、この横断幕。
この布、白一色ではない。中央上部、教主の頭上に浮かぶかのよう、黒く、ふたつの文字が書かれている。
明良は既視感を覚え、「『解放党』の地下集会場にあったもの」を思い起こした。黒い垂れ幕を断ち切るかのよう、白く書かれた「一」。今にして思えば、あれは「解放党」の前身、「
だが、
ふたつの文字である。
「真名」――。
『「
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます