太古の礼拝殿と司教 4

 美名と明良あきら。そして、司教ゼダン。天と地で相対する者ら。

 しかし、気勢の優劣は、彼らの位置とは真逆である。

 天に浮かぶ少年少女は呆然自失し、地に立つゼダンには余裕の顔色が浮かぶ。


「その様子……、貴様ら、知らなかったか? モモノが死んだことを」


 司教が妖しくわらう。


「私の『何処いずこか』から、自らのみの力でおおせたと思い上がっているのか? 意気がるなよ。あの享楽きょうらくもの、『色浴しきよく』などとほざいて放ってきた幻燈の多重のなかに、『マ行・惑迷まどいまよい」を潜ませていたのだ。相手はただでさえ気をらせない。秀逸至高の幻燈げんとう術と併せ、去来きょらいの維持が疎かになっていたのだ。貴様らはその僥倖ぎょうこうあずかっただけに過ぎん」


 ふたりに向けられたままの平手が光りはじめる。


「だが、それがあっても、常道では『何処か』から脱け出すことなど不可能だ。貴様ら、何か、邪道を持っているな? それを明かせ」


 明かさねば、魔名術を浴びる。

 明かしても、魔名術を浴びる。

 一切の余地も残すまいと突きつけられた平手。鮮烈に光が灯りはじめる――。


「そ、そ……。モモねえ様……」


 二色にしき髪の少女からやっと出てきた言葉は、言葉とも言えない端切れであった。

 それでもいくらか我に返る助けとなったのか、美名はハッとすると、おそるおそる顔を向ける。隣に浮かぶ、明良に。

 何かの意図があったわけではない。

 この驚愕と動揺を分かち合える仲間は、今、この場において、傍らの少年より他にない。少女の心のうち、ない交ぜになった感情から、まず先に何を取り出せばよいのか、たすけを請うように、すがるように、無意識に目を向けただけにすぎない。

 しかし、少年の横顔は、少女の心の援けにはならなかった。


「明良……?」


 少年もまた、驚いてはいる。

 だがそれは、例えるなら、、胸や腹に違和があり、苦み走っている顔だ。口の中で転がしたまま、コレをいったいどう扱えばよいのか迷いあぐねているといった面持ちではない。

 

 自らと違い、「幻燈大師が死んだ」という言葉を、明良は受け入れている。


「知ってたの……?」


 司教を見下げたまま、微動だにしない明良。

 問う声に、少年は瞳さえ返さない。


「知ってたのね……」


 桃色の唇を戦慄わななかせた少女は、少年の姿から目を逸らすよう、眼下に向き直った。直後、美名は司教に目掛け、跳ぶ。


「……美名ァッ!」


 呼び止めなのか、明良の声が空しく響くなか、美名は真っ直ぐにゼダンに向かう。「かさがたな」を振りかぶり、一心に狙いを定め、降り向かう。


「意気がるなと言ったはずだ!」


 迫りくる美名に向かい、司教の平手からは氷の矢が放たれた。

 続けざま、彼の手は左右交互に入れ替わり、火の矢も、雷の矢も、迎撃の術が撃ち放たれる。

 しかし、迫り向かいながらの少女は、氷の矢を一刀で斬り落とし、続く矢も払いのけた。勢いは止まらない。


「……つるぎか! 『何処いずこか』を出た仕掛けは!」

裁断さいだんッ!」


カァン


 鋭い音が辺りに響いたが、「裁断」の技は司教を

 が「嵩ね刀」の刃を阻んでいる。

 不和極まりない光景だが、真実、と超質量の刀とがせめぎ合っていた。


遺物いぶつか? その剣、何某なにがしかの神代じんだい遺物だな?」


 フンと弾き返された即座、美名はまたも刀を振り抜く。

 ゼダンもまた、手刀で受け、弾き返す。


「モモ姉様が死んだなんて、あるわけない! そんなこと、信じない!」

「惜しむらく、証左の亡骸なきがらは燃やしてやった!」

「ウソを言わないで!」

「貴様が思うより、アレと私とは関係が深い方だったのだ! ねんごろに弔ってやったつもりだが、な!」


 大剣と手刀。

 交合激しく、火花を散らす。

 少女は泣き喚き、諭すように司教が応じる。


 身動きとれないままに眺め下げていた明良は、悔いていた。

 こんなことになるのであれば、もっと早くに自らの口で告げておくべきだったと息が詰まった。迷いなど振り切り、覚悟して話してやるべきだった。

 自らの躊躇が眼下の光景を招いている。

 数日前、識者大師と対したときでさえ立てられていなかった「嵩ね刀」の刃。

 それがいま、「ヒト」に向けられている。

 少女の心の声に代わるよう、哀しく鋭く鳴りつづけている。


(俺のせいだ……)


 司教に対し、鬼気迫って攻勢する少女は、果たして美名なのであろうか。

 明良は悔しく、哀しい。

 自らが招いた少女の苦悩。

 すする鼻をぐいと拭うと、明良ははじめて、自らが鼻血を流していたことに気が付いた。「ワ行・奪地だっち」の悪作用が出ている。きっと、美名にも出ているに違いない。

 眼下に目を注ぐ。

 「幾旅金いくたびのかね」の刃を鳴らす。

 彼女の血を拭うのは、自らの役目だ。

 美名の涙を止めるのは、自分の責務だ。


「美名ァッ! やめろ!」


 降り落ちる雷のごとく、明良も刀を構え、跳ぶ。

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