太古の礼拝殿と司教 3
「美名……」
司教の問いには答えず、
「合図したら、神殿内に駆け込むぞ」
「……うん」
少年少女の密談は、十数歩先の相手が常人であれば、聴き取れないほどに小さい。
だが、司教は彼の公然の魔名、コ・ゼダン――「カ行
ゆえに、最小の言葉で、最短で行動した。
「行くぞ!」
囁きの直後、発せられた明良の合図で
背を向ける間際、ゼダンの顔がほくそ笑むようになっていたことが、美名には少し気掛かりであったが、神殿入り口の最上段を目掛け、明良とともに跳び上がった。
しかし、彼の笑みの意味は、次の事態を仕掛けていたがためであった。
「ッ?!」
美名と明良、ふたりが神殿入り口にほぼ同時に足をかけたとき、足元の石畳はすっかりと消え去った。
足場が消失し、投げ出された形になったふたりの眼下には地面。剥き出しの土。
直後には、まるで大地が意思をもつかのよう、土石の奔流がふたりに襲い掛かっていく。
だが、あまりの瞬く間に、出来たのはそれだけであった。
ふたりは土石の牢に囲われた。
「聞こえているか?
「聞こえるはずもないか」
「
「『
冷然として吊り上がる口の端。
「貴様らのことを報せてくれたのも同じ『独詠』だ。一段目に『
見下げたまま、ゼダンは平手をかざし向ける。
「生かしておいても貴様らにはなんら価値はない。フクシロの居場所を読むまでの数瞬、息がもっていればいい。『
だが、司教の平手が照準を合わせたと同時、小山のような磊牢の頂点は裂け、瞬間、影がふたつ、飛び上がっていった。
礼拝殿の屋根より高く、各々に抜刀し、夜空に浮かぶ少年少女。
囲い牢の魔名術を破られたというのに、それでもなお、ふたりを見上げるゼダンは悠然としていた。
「『独詠』の仕掛けは、
「……同じ魔名術はすでに三人目なものでな。いくらか、その泥遊びの急所も心得ている」
少年は白刃を差し向け、眼下の白外套衣を睨み下げる。
少女もまた、大剣を上段に構え、いつでも剣閃を放てる体勢。
「ふむ。抗するか」
応じるように、司教は伸ばしていた平手を宙に向け直す。
「ならば、あえて訊こう。『
「……」
「言え。フクシロはどこに潜んでいる? 貴様らが『
「……残念だったな」
「私たちは、あなたに屈服なんてしない……」
歯向かう言葉。差し向ける剣。少女と少年は毅然としていた。
だが、迷っている。
逃げるか、戦うか。
ゼダンが待ち伏せていたとあっては、「祈勝殿」に仲間が囚われているという情報自体、
だが、万が一。
真にこの「祈勝殿」に捕囚の者らがいるのだとしたら、以降、これ以上に近づける機の確証はない。この機が唯一最後かもしれない。これを活かし、
少女と少年は言葉を交わさずとも、同じ迷いにあぐねていた。
思い悩みの激しさをあらわすかのよう、ふたりの鼻孔からは、つぅと流れる赤い血――。
「逃げられはしないぞ」
そんなふたりを嘲笑うかのよう、苦笑交じりで司教は言い放つ。
「自慢ではないが、私の『動力』は
挑発のような言葉が、少女らの
戦う。
この、
ふたりの若い闘志が、強風に煽られるかのよう、
だが――。
「幻燈のモモノも、魂の旅路に
その言葉に、ふたりの闘志は水をかけられたように鎮まった。
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