客人の帰還と崩落
「クミちんが鏡の中に入っちゃったのん!」
鏡面に描かれたようなネコの姿に飛びつこうとしたニクリだったが、彼女が伸ばした腕の先、突如として黒毛のかたまりが現れた。
「のん?!」
「きゃぁ!」
クミといっしょになってもつれ込む
「何? 何?! リィ?!」
「クミちん、帰ってきたのん!」
「うん! 帰ってきたから、いったん離して!」
ひとまずは
「今、一瞬、クミ様の姿が消えてなくなっておりましたが、まさか、もう『
「一瞬? 私たち、結構話し込んでたとは思うんだけど……」
「話し込んでた……? 誰と、かな?」
首を傾げる少女らに、クミは「神様よ」と告げた。
場が一気に色めきだつ。
「……神が……、クミ様は、主神や
「ラ行の
「そんな……、神が実在するの……?」
目を見開くニクラに顔を向けると、クミはふんと鼻を鳴らした。
「神様があんなのだったら、ラァが言うとおり、『神様は存在しない』のほうがまだマシだったわよ……」
クミが『変理』を思い出し、またも
「それで……、『変理』は為せたのでしょうか? クミ様が『神世』に帰ることは……」
「うぅ~ん……。『変理』はやってきたといえばやってきたんですけど……」
ネコが言葉を濁しているときだった。
ゴ、ゴゴゴ、ゴ……
頭上を高く、地鳴りのような音が響いてきた。
次いで、樹の洞穴の内部、
止まない鳴動がだんだんと強くなってくる様子に、少女らは上を見上げた。
「何か……、ものすごく……」
「イヤなカンジが……」
「するのんね……」
少女らとネコが声を合わせたところ、「まさか」と憂い顔になったのはニクラ。
「ラァ、どうかした?」
「この……塔の縦穴、一番下はここ、この『最下層』だけど……、上はどうなってると思う? この穴の一番上は……」
「ちょっと、なにその怪談特集みたいな喋り口。やめてよ……」
言いながら、樹の
「もしも……、この縦穴の上はそれこそ
「判った、もう判ったから! 全力ダッシュしましょ!」
「か、鏡を……」
「あんなの、もう不要ですから! ダッシュ、ダッシュ!」
クミにも促され、樹の穴から出てきた少女らだったが、彼女らは外の様子に戦慄した。
大きくなってくる地鳴り。
目の前に次々に落ちて来る土や石のかたまり。もはやそれは、「埃」程度では済まない量。
言葉は切れたが、ニクラの推測通りのようである。
縦穴は崩落しかけている。
少女らは駆け出した。
「わぁあぁん! ごめんだのん! 樹を倒しちゃったから、また、リィのせいだのん!」
「んなコト、少しもリィに責任なんてないから! 今は『出入口』目掛けて一直線よ!」
ひと足早く大樹の根に上ったニクリとクミ。
ニクリは
教主フクシロが遅い。
根を登るのに難儀している。
「……私のことは構わず、皆さん、お逃げください!」
「そういう訳にはいきませんってば!」
クミが叫び返した視界のなか、フクシロの横にいたニクラが少し乱暴な調子で教主の手を取り、自らに平手を向けさせた。
「ニクラさん……?」
「
「え……?」
「いいから、目一杯、私に『
「は……、はい!」
気圧されるようにして、フクシロは平手を光らせた。
直後、可憐で小柄だった少女の体が膨れ上がり、筋骨隆々としたものになる。
「すっごいマッチョ……」
「誰にも言うんじゃないわよ! クミ!」
言い含めながら、ひょいとフクシロを背負いあげるニクラ。
術がけ前は大差ない体格であったはずだが、今やもう、子どもと大人ぐらいに差がある。
「掴まってんのよ!」
「はい!」
言う間応じる間に、ニクラは容易く根の壁を登り上がってきた。
間近で見る、可愛らしい顔立ちに不釣り合いな体躯に、クミは状況も忘れて噴き出し笑いを零す。
ニクラは黒ネコをジトリと睨み下げた。
「……あとで覚えときなさいよ」
「……ごめん。ぷふっ」
姉はニクリに顔を向ける。
妹からは姉に向け、妙に羨望がこもった眼差しが注がれていた。
「ニクリは当たりそうな落下物を撃ち壊して!」
「のん!」
「クミは乗らなくてもいけるわね!」
「うん、面白すぎて、乗りたくない!」
「うるさい! 行くよ!」
少女らは根から跳び降り、駆け出す。
先ほどの探索時に見つけた「出入口」にクミらが駆け込んだ直後、縦穴には土砂の大波が降り注ぎ、「最下層」は埋没してしまった。
*
土砂や樹の残骸で埋めたてられてしまった「最下層」の地。
波導の大師が放っていた「ラ行・
肩ほどの長さの赤毛で、居坂では珍しい
左の手首
「行かれましたか……」
男は、縦に刀傷が入った頬を笑わせた。
「最後まで慌ただしい方々でしたね。まさに、
男は混然極まる足場を難なく進んでいくと、ふと、ひとところで足を止めた。
土砂
男は平手を振る。
すると、光るものを遮っていた堆積物は綺麗に消えてなくなった。
「
男は腰を折り、光るものを手にした。
それは刀剣。
ほとんど円弧を描くよう、ひどく不自然に刀身を曲げた神代遺物であった。
「これが『
男が刀剣の遺物とともに姿を消したと同時、「明光」の効果が完全に切れたのだろう、「
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