昏中音と居合の一閃 3
「近づくだけでは襲ってこないようじゃの。そもそも襲ってくる性質なのかも判らんが……」
「食事中だからということもあるかもしれません……」
ふたりの言葉のとおり、手を伸ばせば触れられそうなほど近づいたにもかかわらず、
「……して、いかにこのアヤカムを打ち倒すか?」
タイバ大師の問いかけに、バリは首を振る。
「倒すのが目的ではありません。彼を救い出せればいい」
「では、どのように?
「……この、『
「お前様得意の『
ふたたびに刀を抜くと、識者の筆頭に魔名術を施してもらうため、バリは得物を掲げ上げた。
「『バルデの
「バルデの四器」。
およそ千年前に実在した、識者術者の手による四つの武器群のことである。「バルデ」がその術者の魔名であり、戦争期という時代も相まって、彼は生涯、武器の製造に明け暮れた人物であった。
後年の彼が作り出したこの武器群は、それぞれ「喜」、「怒」、「哀」、「楽」が趣向され、それぞれ異なった形状をしている。すべて刀剣の
しかし、その出来は、四つが四つとも秀逸。
武芸の達人を虜にするほどの扱いやすさ、丈夫さ、切れ味。華美な装飾はないが、洗練された
そして、オ・バリが所持しているのが「傑作」のひとつ、「
「為してもらわねばなりません」
バリは強く言う。
「今は襲われはしないものの、こちらから手を出せば、どうなるとも知れない。最初の一撃を最後の機と臨むべきです。僕の『居合』の一撃を最高に高め、この
「……ふむ」
空に浮かんで近づいてくると、「人世哀」の刀身にタイバは指先を触れる。
接触は長く、老人の額には汗が伝った。
しばらくして、タイバはゆっくりと刀から手を離す。
「……全力で『
「恐れ入ります」
「ほれ。そっちの鞘も寄越せ」
「え?」
「何をしておる。鞘と刀が相まっての『居合』なんじゃろ?」
「あ、ああ……。そうですね。抜けてました……」
そちらは即座に術がけを終えたのか、預かってすぐ、タイバはバリに鞘を返した。
オ・バリはゆっくりと、刀を鞘に納める――。
「中々にいい感じです。刀が鞘に吸い込まれるかのよう」
「
「……承知」
答えたバリは、得物を腰の脇に添え、身を沈ませ、深く息を吸う。
自らの精神を刀に注ぎ込むかのようにゆっくりと、柄に
風は止んでおり、海上は凪。
静かな海に合わせるように、ぴたりと動きを止めたバリの――
「……ふんッ!!」
「居合」の一閃が放たれた様子。
曖昧なのは、傍らのタイバにはバリの腕が見えず、刀身も見えず、ただ、光の線が
紛れもなく高速の斬撃。
だが――。
「足りとらんぞ!」
「……クソめ……」
アヤカムの皮は指先程度、少し裂けただけであった。
そしてその成果も、周りの皮がグニグニと異様な動きを見せるとすぐに閉じてしまう。
「一瞬じゃが、
「いえ! あの程度ではいくら放ってもすぐに……」
言葉の途中で気配を察し、バリは船の上、身を跳び退かせた。
いつの間に、黒い塊は膨らむようにその大きさを増し始めており、ずぶずぶと船の
「気付かれたか?」
「これはもう、
「どうする、バリよ? 狭いが、相席していくか?」
すでに及び腰になりはじめている老大師には答えず、バリはただ、船を侵食していく黒闇から目を離さない。
(せめて、彼に渡した『合わせ
バリは、意地を張ったための軽率な
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