第三章 高らか響く

少女 神世編

何処かと何処か

 どれほどの時が経ったのか。


「……んッ」


 少女がまぶたを開ける。


「……かはっ……。はぁ……」


 ひとつきこんで、身を起こす。

 口の中がねばつく。喉が渇く。頭が痛い。頬が歪む。

 心地よい寝覚めなどではなかった。

 もうひとつ咳きこむと、少女はぎゅっと目をつむり――ゆっくりと開いた。そうしてようやく、目の焦点が合う。


「……どこ?」


 少女の姿は見知らぬ場所にあった。

 いや、「見知らぬ」どころではなく、「場所」でさえないのかもしれない。

 地面も空もなく、近くにも遠くにも何も見当たらず、風ひとつ流れていない。


「私……」


 少女は思い起こす。

 こうなる直前。もっとも新しい記憶――。


「……『烽火ほうか』でタイバ様と敵対して、クミの機転で和解できて……。それから……」


 駆けつけた主塔のたもと、所属不明な集団に出くわした美名たち。

 見上げれば、塔の屋上よりさらに高く、宙に浮かぶ男。

 その者、モモノ大師が「元凶」と断じた司教ゼダンであると知った美名は、事態がきわまっていることを察し、クミが制止するのも構わずにふたたび「重み」を奪い、コ・グンカとともに、上空の司教にび向かった――。


「……それで『かさがたな』がかわされて、グンカ様が……」


 美名の脳裏にグンカが消失する景色が蘇る。

 あの、瞬間的な消失の仕方には、美名にも思い当たるものがあった。


「……『ハ行去来きょらい』……?」


 去来術を直接に見たことはないが、動力どうりき術者グンカの消失は、旅の中、収獲された作物や道具の収納で度々見かけてきた、「去来」での消え方にひどく似通っていた。


「それじゃあ、ここは……、『何処いずこか』ってこと?」


 あらためて、美名は辺りを見回す。

 四方八方、色も何もない、空間。

 自身が座っているのか、埋もれているのか、流れているのか、判然としないがゆえの心地の悪さ。声は何かに反響するでもなく、遠くに消えていくばかり。

 脱するのも困難な「牢」にとらわれたのだと、美名は実感していく――。


「……沈んでられない! 早くなんとかしないと、皆が!」


 半ば自棄やけ気味に気を取り直し、二色にしきがみの少女は立ち上がった。

 そこで、あらためて気が付く。

 まずは、自身の手が「かさがたな」を強く握り締めていたこと。

 「何処か」の孤独の中、鈍い光をたたえて手中にいてくれた相棒に、美名の心は勇気づけられた。

 次に、自身の胸元。

 内部なかから何か、上着に透けてぼんやりと、光が発せられている様子――。


「これは……」


 懐中より美名が取り出したのは、「神代じんだい遺物いぶつ相双紙そうぞうし」であった。「夢乃橋ゆめのばし」の準備の間、明良とやり取りをするのに使用していた、相互連絡の特性をもつ神代遺物。

 一見すればただの紙切れなのだが、手の中の「相双紙」はぼんやりとした光を放っている。

 その発光は、ついとなる「相双紙」から連絡を受けた証――明良から美名へ、言葉が届いたという合図。

 その、明良の言葉は――。


『こたえてくれ』


 少年が、少なくとも「相双紙」に書き込める程度には無事であることに目を潤ませる美名。

 しかし、「泣いてる場合じゃない」と美名は首を振って、身体を探ってみる。


「……か、書く物……。書く物……ない……」


 筆を上着のたもとにしのばせていたはずだったが、見つからない。

 「大橋」では識者しきしゃの大師、続けざま、「主塔」で司教ゼダン。宙を舞い、何度も刀を振るう、慌ただしい戦闘の連続であったから、どこかで落としたのかもしれなかった。

 焦っている間に、あらたな文面が「相双紙」に現れる――。

 

『いずこかにいるのであれば 刀を振るえ』


「『かたな』……。『嵩ね刀』を……?」


 自らの手元を見下ろす美名。

 「嵩ね刀」の手に馴染んだ重みが、頼もしく「任せろ」とでも言っているように美名には感じられた。


「……振るえばいいのね?」


 少女は大剣を構える。

 迷いなく、「嵩ね刀」を振りかぶる――。


「……不全ふぜん裁断さいだんッ!」


 *


 手品のショーのように、その女の子は突然、広場に現れた。


「ちょっとなに、あの子? コスプレ?」

「こんな地方の駅前で? ないっしょ」


 女子高生が言うとおり、何かのコスプレなのかもしれない。

 中学生くらいの背格好に、和服みたいな地味目のコスチューム。それとは不釣り合いな中世ヨーロッパ風のロングソード。衣装には使い込まれた感が出ていて、ところどころボロボロなのも、そういう設定のキャラなのかもしれない。

 ヘアースタイルは一転して派手。キラキラとした銀のベースカラーに、前髪にワンポイントで赤のメッシュ。

 これだけでも人目をひくが――。


「……しかし……、可愛い子な……」

「だから!」


 くっきりとした目鼻立ち。

 流れるように美しいフェイスライン。

 カラーコンタクトでも入れているのか、瞳は丸々として大きく、紅い。

 日本人離れしたそのビジュアルと、キャラ設定のメイクか、顔や腕、足に無数に傷があるのもあって、さらに人目をひく。

 これで笑みでも浮かべていれば、その愛らしさにもっと多くの人の目が奪われることだろう。

 だが――。


「……ここ、どこ……?」 

 

 キョロキョロと辺りを見回す彼女の表情は、行き交う人々の好奇の目もあってか、怯えてでもいるようだった――。

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