夢乃橋事変の少女とネコ 8

「絞り上げろッ!」

  

 喊声かんせいを上げ、グンカが平手を強く握りしめると、それに呼応するかのように火の輪は中央のタイバ大師に向け、瞬時に収縮した。

 絞り上げられた炎の輪。

 しかし、渦巻くほのおの中心に老人の姿はない。なぜか燃え上がらず、大師の杖が屹立きつりつするのみ。

 その杖は、またも伸長しんちょうしていて――。

 

りずに炎の動力どうりきばかり……」


 大師の姿は宙空にあった。

 杖の先端、老大師は片手をついて倒立し、動力術者と同じ高さにいた。


「……弟子もやはり、師の愚直にならっとるか」

「『焱火えんか』……、ひとつの動力の型を極めるのでさえ、ヒトの旅路は短すぎますゆえ! 焔矢ほむらやッ!」

「旅路の在り方をこのわしに説くか? 若輩じゃくはいがぁッ!」


 逆さまのタイバ大師は、逆さまのまま、炎の矢をヒラリとかわした。

 体勢を戻しつつの大師の外套衣の陰から、グンカに向け、石礫いしつぶてがいくつも放たれた。


パン パパン


 炸裂したつぶては数を増し、勢いをつけ、グンカを襲う。


「動力相手にそのような石くれ! 押引おういんッ!」


 数えきれないほどの礫の襲来だったが、動力の制止を受け、それらすべてがグンカの眼前の宙空、ピタリと止まった。

 タイバ大師は倒立の姿勢から身をひるがえし、杖の先端に直立すると、「ほっほ」と笑う。


「……なら、じゃ!」


パン パパ パパン


「ぐッ?!」


 宙に制止していた石礫がさらに爆裂する。

 細分された無数の飛翔物。さらには至近距離。

 動力術者は今度は止めきれず、乱打を受け、体勢を崩した。

 とはいえ、あまりに細かくなりすぎた礫のひとつひとつにそれほどの衝撃はない。――。


「きゃぁ!」


 しかし、小さなネコにとっては違った。

 グンカの肩上にしがみついていたクミは、礫があしに当たったはずみで空に投げ出されてしまったのだ。


「……クミ様ッ?! この高さでは……、クッ!」


 身を翻し、クミの落下を追うグンカ。


「背を向けるのは命取りじゃぞ」


 杖上のタイバ大師は、懐よりまたも石礫を取り出し、放り投げようとする。

 しかし――。


「むっ?!」


カンッ


 背後からの気配を察し、すんでのところ、外套衣で大剣の一撃をらし躱した。パラパラと、石礫が落ちていく――。


「こ、のぉおおおぉッ!!」

「……んぬ、……のぉ、……なんと!」


 続けざま、二度、三度、四度と、美名は「かさがたな」を振るう。

 タイバ大師も、足場が杖だけにも関わらず、器用に外套衣を振り回し、それらのすべてを逸らし避ける――。


やいばを立てんのかッ?! お嬢ちゃん!」

「先生との約束ですッ!」


 攻防のまま、叫び合うふたり。


「ヒトを殺してはならんてかッ?!」

「そうですッ!」

「刃を立てれば、この防ぎも破れるやもしれんぞ!」

「そうだとしても、タイバ様までが届いてしまうッ!」

「こうまでされて、まだ儂を憎みきれんかッ!」

「憎くて戦ってるんじゃないッ! 私はッ! あなたに勝ちたいッ! この橋を守りたいッ!」

「ならば、勝って守ってみせよッ!」


 振りかぶった一撃を逸らされた美名は、そのまま腰をひねり、次の攻撃への予備動作とした。

 直前の「打擲ちょうちゃく」の勢いを加えて回転する、渾身の振り――。


(……嬢ちゃんの目一杯が来るッ!)


「勝ちますッ!」


 「嵩ね刀」が振りかぶられる。

 少女のすべてが込められた「打擲ちょうちゃく」――。


(それでは足りんぞッ!)


 タイバ大師は、外套衣に「弾化」と「軟化」を施している。

 いくら力を込めようが、いくら全身全霊を傾けようが、迫る一打は外套衣ひとつで躱しきれる。大師はそう、確信している。

 しかし、円弧を描いて迫り来る「嵩ね刀」には――。


つんですッ!!」

焔纏ほむらまといッ!」

「?!」


 炎がまとわれた。

 動力の魔名術――「焱火えんか」の火が「嵩ね刀」の刀身にたけった。クミを救出したグンカが、上空の美名に援護の魔名術を放ったのだ。

 焔の剣がタイバの眼前に迫る――。


(この至近しきんッ! 純覆すみふくへの「不燃ふねん」の術がけは間に合わないッ! じゃが……)


 大師の足元、橋上より伸びる杖。「伸化しんか」で伸びた杖。


(杖に「不燃」が残っとる!)


 その杖は、先ほどのグンカの「焔輪えんりん」に耐えるため、「不燃」の識者しきしゃ術が施されていた。

 「伸化」のみを解除すれば、杖は瞬時に元の長さに戻る。「不燃」を残したまま、取り回しの利く長さになる。

 「不燃」の術を新たに施すより、「伸化」を解除する方が早い。その杖と外套とを合わせて、焔の剣の一撃に対する。老練な識者大師は咄嗟とっさに判断した。

 しかし、大師のその目論見もくろみは――。


幾旅いくたびたちッ!!」

「ッ?!」


 成就しなかった。

 杖の根元――橋の上。いつの間に、どこから現れたのか、黒髪の少年が刀を振るい、「伸化」を解除する直前の杖を細切れにしたのだ。

 その衝撃で揺れ傾いたため、大師は「伸化」が解除された杖を手に取りそこなった。


(しまった……!)


 タイバは、自身の外套衣が瞬時に焼失したのを見た。自身の体躯が刀身に捉えられるのを感じた――。


不全ふぜん焱撃えんげきィッ!!」

「ぐぬぅおッ?!」


 「嵩ね刀」の超質量と、動力の炎。

 類稀たぐいまれな合わせ技を受けた識者の大師は、夜空に流れる星のような軌跡で大橋にちていった。

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