夢乃橋事変の少年と名づけ師 1
ゴーン ゴーン……
時刻を告げる
「時間だ。行くぞ」
「……ああ」
福城の「市街区」の北部。路地裏に身を潜めていた少年がふたり、月明りの下に飛び出した。
ゲイルと
まもなくふたりは、町の最外周の防壁に辿り着いた。
「ゲイル、どうやって大橋に行くんだ?」
「……手薄とはいえ、門は通れない。
「……判った」
(「
(……判っている俺でさえも、「大橋」に行くためには「町を出て、河の流れに沿って少し下らねば」と考えてしまう。本当の大橋に向かうには、町を出る必要がないのに……。これが、幻燈術師の筆頭か……)
物見の窓から縄を垂らし、ゲイルと明良は順に壁を下りていく。
外壁を持つ町には当然に門があり、大抵の場合、防衛上の理由から夜間の出入りは取り締まられている。しかし、平常時であれば、内部から脱け出すのは容易である。
「縄は置いてこう。後続の党員が使うかもしれない」
ふたりは辺りの様子を窺ってから、
「マ行・夢映」で「大橋」に見せかけられているのは、町はずれにある橋である。
これは、普段は主に農作業者が使う用のもので、夜間の往来はさせないよう、両岸の
これら全てが、「
(問題は……あの、黒頭巾だな……)
昨日、主塔の「
例のごとく、今日の昼間はゲイルと一緒になって、
「夢乃橋」の策に不安要素が発生したのは、そのあとである。
勤仕のあと、
集まっていた党員に対し、「いよいよ今日だ」と煽り猛らせ、役回りの最終確認を律儀にこなしていく黒頭巾――。
様子を見ているうち、頭巾の中身はロ・ニクラではない、と明良は察知していた。
彼女が黒頭巾の中身であれば、その姿を見せる必要はない。「
そして、明良に対し、気にしている素振りも、逆に、気にしていない素振りも、一切見せてこなかったこと。少年を目の前にしても、黒頭巾はあくまで他の党員と同様に扱ってきたのだ。
ロ・ニクラであれば、あれほど
この黒頭巾は、ロ・ニクラではない。
では、いったい誰なのか?
努めて平静を装いつつ、指示を聞きつつ、明良の心中は騒がしくなっていた――。
(あの黒頭巾が「幻の大橋」に出張ってきたら、俺の手に負えるか……? ヤツが
魔名術の熟練は大師以上と目される「司教」か、はたまた別の「大師」級の者――。
ニクラを相手にすることは覚悟していた明良であったが、その不穏極まりない正体不明者に、さすがの彼にも不安が過ぎっていた。
(だが……、何もひとりで抱えこむことではない。クメン師もいてくれる。機を図って、美名も幻燈大師も駆けつけてくれよう……)
「橋」は近い。
気づけば、周囲の視界の中でも動く影が散見される。「魔名解放党」の面々が、明良たちと同様に「橋」を目指しているのだと知れた。
「明良……。これから、何をするつもりだ?」
先を行くゲイルが、振り向かずに問う。
「止めるんだろ? 『烽火』を」
「……止めるさ。昨日今日と、何度も忠告したぞ……」
「……『大橋』はもう、すぐそこだぜ?」
ゲイルは肩越しに目をくれる。
「ゲイル、最後だ。今すぐ引き返せ」
「……」
「今引き返せば、俺はお前に刀を向けなくて済む」
「……」
「お前の意志は……、何をかを為したい、居坂の通念に一石を投じたいお前の想いには、きっと別の道がある。引き返せ」
「目の前に……、その道があるのにか?」
「……この道は
「……だとしても、行くぞ。俺は……」
駆けつつ、明良は大きく息を吸い込んだ。
「……言っておくが、ゲイルとはいえ、容赦はしないぞ。腕の一本を失うことくらいは覚悟しておけ」
「……こっちの
少年ふたりは、「大橋」に辿り着いた。
ふたりが指示を受けているのは、「大橋周辺の人払い」である。「人的被害を出さない」という名目上、陥落させる「橋」の周辺は危険になるため、ヒトを寄せ付けないのが彼らの役目である。そして、「邪魔立てする者、しうる者を排除する」のも彼らの役目。
しかし――。
(この「橋」の付近に、不必要な者はいないな……)
「大橋」に見せかけられた橋。
前述のとおり、人家や人通りは周囲になく、閑散としている。ちらほらと見える人影は、間違いなく「魔名解放党」の党員であろう。
「人払い」の必要性はない。
「……これなら俺たち、仕事をしなくてもいいかもな。
「狼煙……。烽火……」
(いったい、どうするつもりだったんだ? ニクラは……)
結局のところ、昨日今日の諜報を経ても、「どうやって」、「誰が」橋を陥落させるかは判然としなかった。
仕事のないゲイルと明良は、橋の出入り口付近、所在なく立ち尽くす。
するとまもなく、背後で小さなどよめきが起きた――。
「……
振り返る明良とゲイル。
見れば、十数歩後ろに人だかりができており、その集団は真っ直ぐに明良たちの方――「橋」へと向かって進んできている。
その中央にいるのは――。
(黒頭巾……)
白い縁取りの穴から目だけをのぞかせ、月光の下を悠然と歩く長躯。
人だかりは、黒頭巾の登場に気が付いた解放党員が参集して出来ているらしかった。
(……「
夏の夜。
大気は決して乾燥しているわけではないが、明良はゆっくりと、乾いた下唇を舐めた。
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