少女の髪と楚々とした教主 2

「な、何を……」


 守衛しゅえい手司しゅしニクラの開いた口が塞がらない。


「……ニクラ様。私の誠心せいしんは、この手に……」


 美名は彼女に、握っていた拳を開き見せる。

 少女の銀髪はあるじたなごころの上、まばゆい輝きを放っていた。


「……髪を……、そんな真似……」


 頭髪――。

 「頭」――人体の最も天頂にあり、絶えず伸長しんちょうすることから、古来より特別視されてきた部位である。

 現在でも、亡くなった者に対する弔意ちょういとして、親しかった者や血縁が「遺髪いはつ」を携帯したり、一部の地域では、成人の儀式に断髪をし、切り離した頭髪を神に捧げたりと、重く見られることが多い。

 また、かつて存在した刑罰に、「墨禿すみかむろ」という刑がある。これは、男女問わず、重罪人の頭髪を剃り上げたのち、頭皮に入れ墨を施すというものだ。この刑に使用される「奪生だっしょうぼく」という墨は「ナ行識者しきしゃ」の特製で、――。以降の生を、罪人の証――禿頭とくとうに「墨禿刑」独特の意匠いしょうの入れ墨――を抱えて生きることを強いる、重罰。

 このように、頭髪とはヒトにとって重要な意味をもつ。

 守衛手司ニクラも、充分にその事実は承知している。

 だからこそ彼女は、不揃いの銀髪になりながらも凛然りんぜんとして見つめてくる美名の姿に、怖れを抱くように震えるのであった。

 だが――。


「……か、髪を切って、誠実の証になどなるわけが……ないでしょう!」


 彼女はこらえた。

 銀髪の少女の威勢いせいおののく心を、理性でもって封じきった。

 意気を取り戻したニクラの瞳に、今度は美名が少しだけたじろぐ。


(……足りなかった?! これ以上は……)


 美名は覚悟する。

 これでニクラが引きさがらないようであれば、今この場で、「かさがたな」をさやから引き抜く覚悟――。

 彼女が「断髪」という唐突な行動に出たのは、できればその、教会区内での戦闘を避けたかったがためである。

 福城ふくしろの教会区――魔名教の本拠。

 ニクラを「明良の敵」だと断定した今、魔名教のヒトの誰が味方で、誰が敵か、判ったものではない。加勢の怖れは大いに考えられる。加えて、「守衛手司」に刀を向けた場合、無関係の者から見れば「狼藉ろうぜき者」は間違いなく自分になる。な守衛手に取り囲まれることも、容易に想像ができた。


(……それでも、やるしかないの?!)


 決心の顕現けんげんがそれであるかのように、美名が生唾を呑み込もうとしたその時であった――。


「クメン様!」


 耳に慣れた声。小さなクミの、怒るような叫び。

 彼女は、美名の決心を引き取るようにして、傍らの名づけ師を見上げ呼んだのだ。


「クミさん……?」

「私、クメン様以外の誰かが私たちについてくるって言うなら、行きません! 教主様のところには行きません! さっさと福城を出て、別のオ様を探しにもいきます!」


 言われた名づけ師は、クミの翻意ほんいの宣言にたじろぐのではなく、むしろ承服しょうふくするように頷くのであった。

 そして、「わたくしもです」と守衛手司に体を向ける。


わたくしも、ニクラさんの伴いは御遠慮願いたく思います」

「クメン様ッ?!」


 温厚おんこう篤実とくじつで知られるオ・クメンの毅然きぜんとした言いぶりと面差しに、守衛手司ニクラは、意表をかれたように目を丸くする。


「……あなたの、守衛手司の勤仕きんしまっとううする気構えには敬服します。ですが、美名さんたちが魔名教区内で暴挙に出ること、あだを為すことは、万にひとつどころか、決してあり得ないことを、わたくしは確信しております」

「で、ですが……」

「決して、ニクラさんの御心配には、及びません」


 美名。クミ。クメン師。そして、無言のままの明良――。

 四人から、ほとんど敵視のような注目を浴び、ニクラ手司は無意識であろう、一歩退いた。


「こ、このことは……司教様に報告しますよ……」

「構いません」

「何か起きても、クメン様の擁護ようごはしませんよ」

「結構です」

「……クッ」


 苛立ちを露わにした目線を美名に送るのを最後に、守衛手司ニクラはきびすを返して歩み去っていった。

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