旅の新たな供連れと密命
「く、くク、クくめ、めメんさままま……」
「はい、何でしょう? 美名さん」
銀髪の少女と、黒毛のクミと、金髪の白外套衣の男とは、サガンカからの山道を下っていた。
「やや、やま道は……、そ、その、てて、手で、だだだ、大ジョブなんで、そうか……?」
「はい。問題ありませんよ」
今朝は
ふたりのやりとりを見守るクミは、呆れたような笑いを零した。
(……張り詰めたモンが解けたと思ったら……、この
サメの「
朝を迎え、岩窟の集落を発とうとした彼女たちのところに「名づけ師」クメンが訪れてきて、とある申し出をくれたのだ。
自分も同行させてほしい。
各地を回る「名づけ師」としての役目を果たせなくなった自分は、「
そう、金髪の附名術者は頼んできたのだ。
美名たちにはこの頼みを断る特段の理由はない。クメン師の申し出は快諾された。
「打ち明けますと……、美名さんの力をアテにさせていただいてるのです。元から護身武芸が得意でないところにコレですから……。申し訳ありません」
「……いいんだと思いますよ、ほら、アレ見てくださいよ」
クメンとクミは、前方を行く銀髪の少女を見遣る。
決して緩やかとは言えない下りの山道。それだというのに、彼女は鼻歌を鳴らし、跳ねるようにして山道を下っていく。
「あんなに上機嫌になっちゃって……」
「彼女はサメさんの『
「それだけじゃないんでしょうけど……」
(美名にとっては、『オ様』ってのはホント、アイドルみたいなモンなのよね……。まぁ、でも……)
小さなクミは傍らの附名術者を見上げる。
整い顔の中で目を細め、美しい笑みで先行く者を眺める姿。陽光のない中、まるで、彼自身が輝くようであるとクミはため息を吐く。
(クメン様、ギリシャ彫刻みたいなのよね。美名が浮かれる気持ちも判らないでもないわ……)
「……代償と言っては何ですが、『福城』に着いたら代わりの附名術者を紹介させていただきましょう。『福城』には魔名教本部付きの、『オ』になりたての術者がひとり、ふたりはいますでしょうから」
「でも、私たちの目的地は『福城』とは限らなくて……」
「どれどれ……」
そう言って、附名術者、クメンは身を屈めてクミに――クミの首元の「
「ギリシャ彫刻」の顔が目前に迫って、小さなクミは色違いの
すでにこの
新たな旅の供連れとなったこの附名術者にも、ふたりの旅の目的――黒髪の少年の後を、この遺物に従って追っているのだ、と説明済みである。
今日、あらためて「指針釦」の針を確認してみると、北を指しつつも、二日前よりさらに東への向きが加わっているようだった。
明良は北東に向け、移動の最中であろうか。
「やはり、『福城』への方角と大きくは違いませんよ。そのアキラさんが『福城』にいらっしゃるにせよ、さらに先のようだとしても、道草と思って『
「ありがとうございます」
(まさか……「使役者」がいるのが「福城」なのかしら? 完全に魔名教の総本山の町だしね……)
「悪いコトをしました……」
考えていたところに沈んだ声音が聴こえたので、クミは顔を上げる。
「悪いコト……?」
「あ、いえ……。少年たちのことです」
「少年たち」とは、当然、スッザとヂルノのことだろうと、クミにはすぐに察しがつく。
「本来、
「なるほど……。旅してると、野生のアヤカムや
「ですが、私は無理を通して、『名づけ師』としての旅路を早めました。護身武芸も不完全なまま……。その結果が、これです。私が十分に武芸に長けていたら、彼らがあそこまで道を踏み外すこともなかったでしょう……」
クミは言葉を失った。
目の前のこの青年は、自身が傷付けられたというのに、傷付けたその相手のことを案じている。「自分に力足りないばかりに」と、加害した者を憂いている。
「行き過ぎた優しさ」だとクミは呆れ半分に思った。
優しく許すのも大概にするべき事柄が世の中には確かに存在し、今回はまさにそれだと、黒毛のネコは思う。
だが、彼の
分け隔てのない、「優しさ」。
スッザもサメを優しく想ったのだろうか。彼と彼女の信ずるものに順じたがため、過ちを犯してしまったのであろうか――。
「……クメン様、『
「『主神一尊』……?」
「ヂルノが広めて、サガンカの子どもたちが染まった、あの信仰です。『主神』様以外の『
クメンは金髪を揺らし、「さぁ……」と首を捻る。
「
「ですよねぇ……」
歯切れの悪い答えに、意気落ちるように、クミが山道を行く一方、クメンは歩調を緩め、先行く銀髪の少女と黒毛のアヤカムを見つめ下げる。
(いいヒトたちです……)
美名は、踊るように。
クミは、地を
それぞれの心情を
(……ですが、まだ全てを打ち明けるわけにはいかない……。この居坂に、争乱の火種が
美名が振り返ってクミを、続けて、恐れ入るようにしてクメンを見上げて来た。
彼女は、名づけ師の片手が不自由なことをまだ気にしているのか、憂うような目線を送っている。
彼は笑って、頷き返した。
(……今回の密命の対象と、まさかサガンカで出くわすことになろうとは……)
美名も頷く。
それを見つけて、クミも名づけ師を見上げて来る。
色違いの双眸をパチパチと瞬かせ、ヒゲ毛をピンと張って、見つめてくる。
黒毛の中に、青く淡く光る遺物と、赤豆色の腕輪とが強調され、なんとも愛くるしい姿の――「
(
クメンは心中でそう思うと、小さなネコにも微笑んで頷いた。
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