少年の旅立ちと少女の別れ
「見送りなんて不要だったのに……」
「結局、
二日前。
珍しく、去来の大師が説話に登った日。
前触れなく、
大通りでの
以降、希畔の町は騒然となった。
大師はどこに行ったか?
アヤカム襲来との関連か?
数日前の、「
すべてを知っているのは、林の中の
「
「智集館」での大師との争いの直後、明良は巻き込んでしまったミンミに、すべてを話した。彼女は案外にすんなり、明良の話を受け入れていた。
敬慕しているホ・シアラに味方した彼女に、非難のひとつでも貰う覚悟だった黒髪の少年は、少し拍子抜けしたものだ。
驚かされたのは――自らの境遇を話したとき。
リ・ミンミは、いつもは笑って膨らませている頬に、涙を流していた。
「ま、親しみ具合で言えば、明良くんに
さらりと涙を流しただけで、あとはいつも通りに笑ってそう言う彼女に、明良の心も軽くなったのである。
そうして、明良は旅立ちを決めた。
希畔の町を去ることに決めた。
「……それで、どこへ行くのよ?」
「そうだな……。まずは、『
福城。
そして、魔名教の
「結構、遠いねぇ……」
希畔の町からは、街道一本で行けるとはいえ、大陸の西から東、大横断に等しい。無理のない余裕のある行程で、八週ほどは見積もらないといけない。
しかし、明良は「最速」で向かうつもりでいる。
「さすがに、
「福城に戦禍が起こる」。
去来の大師、ホ・シアラの言であった。
何が起きるか?
いつ起きるか?
詳細はもちろん知らない。
だが、それを聞き知った以上、明良には看過できない。
唯一、手がかりといえば、「魔名教が変わる」。これもシアラ大師の言である。
「……ヤツ――シアラの言う『目的』がそれであるならば、『福城』に姿を現してくるに違いないしな……」
「……パパ―ッと『
「その『
「……大師様と一緒で、苦労する性格ねえ。明良くんは」
「大師の……、シアラと一緒の性格だと? 俺がか?」
聞き捨てならない言葉に、黒髪の少年は少しだけ反感を抱いて訊き返す。
「……なんかさ、明良くんの口から聞いた話と、まあ、私がちょいちょい見ていた大師様の印象を合わせるとさ、なんだかこう、寂しくなるんだよね……」
「……寂しく……」
「私、大師様が誰かと親し気に話してるのなんて、見たことない。そもそも、姿を見るのさえ珍しいくらいだったしね。ヒドイこと、裏でたくさんしてたってのは判ったんだけど、多分、大師様は『独り』だったんじゃないかな……?」
「独り……? アイツには、『名づけ師』の仲間や、『
静かに、少女は首を振った。
「それもきっと、
「……」
「……ずっと、『孤独』だったんだよ。大師様は」
明良の耳に、シアラの澄んだ声が蘇る。
「私のたったひとりの『
その声音は寂し気で、何かを求めているようでもあったと、明良は気付く。
(かといって、ヤツのしてきたことは許されることじゃない……)
心の中で反論しながらも、明良には言い得ぬ
ともすれば、自身もシアラと同じ、『孤独』に陥っていただろう。
復讐ばかりに
それをハッキリと自覚させてくれたのは、
(アイツの『
「それで、他にはドコに行くのよ?」
自嘲のような思考をしていた明良は、「あ?」と呆けたような言葉を返す。
その様子に、少女は肩をすくめた。
「……『まずは』って言ってたでしょ。他にも行くトコ、あるんでしょう?」
「あ、ああ……。そうだな、コイツらに……」
そう言って、少年は旅装
「あ、それって……」
少女の気付いた様子に
それらは、動力大師、コ・ギアガンと、その弟子、コ・ヒミとの墓である。
魔名教内部、誰が信頼できるか判らない中、彼らの
発見され、暴かれるのを懸念して、十字の墓標は立ててやれていない。
ギアガンの片腕は、「
それでも明良は、深く
明良がもつ袋包みの中には、彼らの
「……思えば、たったの二日。初対面は最悪だった。交わした言葉も少ない。茶を一緒に飲んだのも一度きり。それでも俺には、これを届ける義務がある」
今度は明良の耳に、「訪ねてこい!」と高らかに笑う、動力大師の声が
「……
「……やっぱり、苦労するねえ」
少しの沈黙のあと、少年は「元気でな」と言い放ち、やおら歩を進め始めた。
当然、少女は黙ってはいない――。
「ほぉら、戻ってこないつもりね!」
少年は足を止め、しばらくしてから、振り返る。
照れ臭そうに、口元が笑っている。
「この小屋の掃除は、たまにだけど、しておく! お墓へのお供えは……、バレちゃマズいのか……。う~ん……。たまに、『
「……いや、それはもう、いいんだが……」
「……とにかく! 定住に戻ってこいとは言わない! たまに顔出しなさいよってこと! いい?!
ふっと、少年は笑った。
見送りにきてもらってよかったと、思い直した。
「そのうち、私の『よきヒト』、紹介してあげるから、楽しみにして戻ってきなさいな!」
「……ミンミにもやはり、そういうのが……」
「今はいない!」
少年と、彼よりいくらか年上なだけの少女は、お互いに笑い合う。
「……ああ、判った。きっと戻ってこよう。その代わりといっては悪いが、俺からひとつ、さらに頼みごとをしてもいいか?」
「……頼みごと?」
「もしかしたら、この町に、銀髪の少女と、黒い毛のアヤカムのふたり連れが現れるかもしれん。もし見かけたら声をかけて、そいつらが俺を探している様子だったら、『福城』に行ったと伝えてくれないか?」
「え、ちょっと待って。なにその『少女』って……」
「ああ……、銀髪が腰くらいまでの長さで、
「いや、見た目の話じゃなくて。『ネコさん』もいて、その
「ん……? だから俺は、そのふたりのことを頼んでるんじゃないか……」
「……んん? 体はオトコだとかなんとか、言ってなかった? その女の子の体が、オトコなの?」
「はぁ? 何を言ってるんだ? 『少女』って言ってるだろう」
かみ合わない会話に、少女は呆れ笑いで、「もういいや」と諦めた。
「……とりあえず、銀髪の女の子がいたら、手当たり次第に世話にかければいいのね? わかった。任せてよ」
「そこまでは言ってないが……」
「ダイジョブ、ダイジョブ。銀髪のヒトって、そんなに多くないしね」
「……助かる」
ちょうどその時、林の中で、鳥が
示し合わせていたわけではない。
だが、少年と少女は、その
「……明良くんに。ネコさんにも、魔名よ、響け!」
「ああ。ミンミにも。魔名よ、響け」
お互いのお互いへの加護の言葉は、希畔の青い空に、高く響いていった。
(第一章の終わり)
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