説話会とその機会を破るもの 2

 去来きょらい大師に促され、教会堂内にひしめく人々は立ち上がり、瞑目めいもくした。続けて、手のひらを胸元に当てる。

 これは、今回のような「魔名教集会」や魔名教の祭礼さいれい催事さいじ、葬儀の際の、「襟手きんしゅ」と呼ばれる最も厳粛な姿勢である。

 そして、「魔名教集会」の場では、場をりしきる者の次の言葉――。


ともがらに、魔名がながく響くよう」


 これにより、参列する者の「襟手」が解かれる。

 大師の言葉が終わって三拍ほどのち、長椅子の者は腰を下ろした。

 そのさざめきが落ち着いた頃を見計らって、講壇こうだんに立つ眼鏡の大師は「さて」と声を出す。

 教会堂の広さにも関わらず、よく通る澄んだ声音だった。 


「今日は私、当代の『ハ行去来きょらい』の大師を務めております、ホ・シアラが話をさせていただきます。とはいえ、大層なことは申せません。あまり期待なさらないほうがよいです」


 そう言うと、シアラ大師は聴衆の顔をひとつひとつ堪能するように、ゆっくりと目線を流していった。


「……まず先にご報告いたします。先日、『智集館ちしゅうかん』が何者かの魔名術によるものと思われる襲撃を受けた件です」

「……『何者か』?」


 明良の疑義のあるつぶやきに、隣のミンミがささやいてくる。


「……私も昨日、動力どうりき大師と面識はあるか、何か問題を作ったかって上役を通して聞かれて、まあ当然だけど、『ない』って答えたのね。そのとき聞いたのは、今回の件、にするんだって」

「……秘密?」

「うん。あれから相手も音沙汰ないらしいし、ひとまずは荒立てないってなったらしいよ。私も『動力大師』のことは他言するなって言われたわ」


(あれだけの大がかりな魔名術、箝口かんこういても誰の……すくなくともどの地位の者の仕業か、明白だろうに……)


 明良は聴衆に向けて事態の現況を説明する大師の顔を見上げる。

 大師の言を要約すると、以下のようだった。

 「智集館への襲撃の目的は不明。現在、術者とその動機の究明に全力を尽くしている。現段階では希畔きはんの町の周囲の警備、哨戒しょうかいに人員を増加し対応している。町の者についてはどうか取り乱すことなく安心して生活を続けて欲しい」。


(あの髭面ひげづら大師も、まさしく罪人になってきているな……)


「……さて、希畔の輩に向けてのご報告はこれくらいにして、説諭せつゆに移りたいと思います」


 登壇者は、自身の眼鏡の側部に手を添え、仕切り直すように位置を正すと、いくらか軽くなった声音で続ける。


「……明かしてよいのかどうか判らないことを明かしますと、このような説諭の場に登るためには、魔名教学校で『講話こうわがく』を修めねばなりません。ともがらを前にして、魔名教の教えを簡潔に、率直に伝えるための学問です。この場にいらっしゃる学徒の中にも、今まさにそのような勉学に励んでいる者がおられることでしょう。立派な教会師を目指し、日々克己こっきの積み上げでありましょう。ですが、気負い過ぎないでください」


 いったんそこで言葉を切ると、シアラ大師は赤茶けた長髪頭をポリポリといた。


「私の『講話学』の成績は最も低い、『不足』でした」


 堂内にかすかに笑いが起こる。

 黒髪の少年もふっと笑いを零す。

 

「……そんな者でも説諭に登れますし、『十行じっぎょう大師たいし』にもなりえます。巷間こうかんでは『魔名教の要職は財で売り買いされている』などという噂もたっているようですが、そんなに高度な制度は魔名教にはありません。なるべき者がなる。単純明快ですね」


 言い切った去来の大師は、そういう自分を誇るかのように、少しだけ、その長躯を伸ばして胸を張った。


「『講話学』においてですが、説諭の類型を分けられて学びます。最も一般的で、皆様にも馴染みがあろうものが『引用』。『魔名教典』や『神言録かみごとろく』を引いて、その解釈を説き伝えるものです。次に多いのは『因果』でしょうか。『正典せいてん』内の逸話いつわや、ときには説諭師の実体験を、『これこれこういうことがあって、こうしたからこういう結果になった』と話すものです。それを踏まえた上で、さて、その結果に至ったのにはどういう理由があったのか。さらによき旅路とするために、どうすべきだったのか。そういうことを伝える話法です。他にも、聴衆と会話のように進める『対話』など、まあ、色々と手練手管てれんてくだがあるわけです」


 去来の大師は、「ね」と言って肩をすくめる。


「解き明かしされると、教会師のありがたみもなんだか薄れてくるでしょう?」


 教会堂に、ふたたび笑いが響く。今度のは、先ほどよりもいくらか大きい波であった。

 明良も含み笑いをしつつ、思う。


(これのどこが「ヒト嫌い」で「不足」なのだか……)


 聴衆の様子に嬉しそうに微笑んで頷くと、去来の大師は振り返って背を向けた。

 講壇の後ろには石灰で書きつけることのできる黒塗りの面板めんいたが置かれている。説諭の際、話者が必要に応じて使う物だ。

 シアラ大師もこの黒板を使用するようで、石灰をカッカッと鳴らしていく。

 振り直った大師の背面、黒板に連ねられた言葉――。


「……私には説諭の才はありませんので、今回は最も一般的な話法、『引用』をしたいと思います」


 「嘘偽りのない居坂は、よき世である」。


「……『神言録かみごとろく』、『幻燈大神語げんとうたいしんのご』のひとつです。私が好きな『神言かみごと』のひとつでもあります」


 もう一度、自身の筆記内容にチラリと目を配せると、去来の大師はまたも、眼鏡の位置を少しだけ正した。

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