最新版輩魔名録と智の町の変事 3

(かさね、かさね……「嵩ねがたな」……)


 明良あきらは「輩魔名録ともがらのまなろく」を閉じると、「神代じんだい遺物いぶつ図集」を正面に置いて手繰たぐっていた。

 念のためと魔名録の「ワ行」の項も確かめたが、書物の最後のようは七年前の版と変わらず、「ワ行」の項目名記載のみがあるだけで、あとは余白が占めるのみだった。

 数百年の間でも「劫奪こうだつ」の魔名術者は存在しなかったのだ。

 この五年で新たに「ワ行劫奪こうだつ」の魔名を授かった者が生まれたわけがなかった。


(あった……。「嵩ね刀」)


 少年は図集の中に目的のものを見つけた。

 大判おおばんの図集は一ようにつきひとつの遺物、上半分ほどは挿絵さしえ、下半分は遺物の特質の記述といった形式である。

 開かれた「嵩ね刀」のよう

 大振りで重厚そうな両刃の刀剣の挿絵図。

 想像で書かれたものなのであろう、切先だけとはいえ、美名が所持する「嵩ね刀」とその絵図とでは、決定的に違う部分がある。

 絵の中の剣は、少し誇張しすぎてないかというほどに、輝くような描写効果が付けられていた。

 一方、明良の記憶の中、彼女がげ持つ刀は、たとえ陽光の下にあっても鈍い光しか返さない。

 明良は説明の記載に目を移す。


【両刃の大剣。どんな物質をも断つ。所在不明】


 これだけだった。

 史実の上で一時期でも誰かの手元にあったり、魔名教会の所持となった遺物であればもっと詳しく記載されるが、場合、神話や魔名教史にチラリと名が出ているだけで、実在も怪しまれるような遺物の説明はこの程度である。そんな遺物のようはこの図集中にも多い。

 だが――。


(「」……。本当か?)


 実際、切先だけとはいえ、「嵩ね刀」は実在した。

 「幾旅金いくたびのかね」の幾重いくえにも及ぶ斬撃以上の切れ味を、たったひと振りで為す刀は存在した。


(アイツは……、美名は、いったいどこでどうやってあの「嵩ね刀」を……)


「……ン?」


 没入していた明良は、ふと気が付く。


「いやに……暗いな……」


 「智集館ちしゅうかん」の閲覧室は天に壁にと、窓が多い採光式の室である。

 今日は雨降りのために元から薄暗かったが、目に疲れを感じて初めて、明良は室内がより一層暗くなっていることに気が付いたのだった。


「日暮れか? そんなに読み込んでいたのか……」


 明良は「神代遺物図集」も閉じ、魔名録の上に重ねる。


「今日はもう、帰るか……。ボロ屋で雨音でも聴きながら、今後の動向を定めよう……」


 だが、明良の帰宅は為らなかった。

 書物を抱えて閲覧室から出てきた彼は、立ち入った場が異様なことに気が付いたのだ。

 十数人のヒトが受付台の前でたむろして、なにやら困惑の顔を見せている。

 みな、出口の方に目を向けていた。


「なんだ……?」


 つられて明良も、出口に目を向ける。

 石柱が据えられた五歩ほどの幅の「智集館」出入口。

 石柱のすぐ先は石畳みで人通りも多い街道であったはずである。

 だが、そんな景色の輪郭も、気配も、彼には一切感じ得ない。ただ石柱の先にあるのは、暗幕のような黒一色のみなのである。 


「夜……? いや?」

「……あ、少年!」


 受付台の奥で他の者と同じように困惑していた受付員は、明良の姿を認めると、大声で呼び掛けてきた。

 いずれにせよ魔名録と図集とを返さなければならない明良は、出口の方を見遣りながらも受付へと近づく。


「……なんだ? 何かあったのか?」

「いやぁ、よく判らないんだよね……」

「……判らない?」


 ひとまずは自身の役務えきむとして明良から書物を受け取ると、相手は「う~ん」とうなって首をひねった。


「いつの間にか、入り口がふさがれてるみたいなのよ。土壁つちかべみたいなのに……」

「……土壁?」

「うん。利用者のヒトみんな、帰れなくて。で、教区館員で館内の様子を見に行ったら、どこもこうなってるのよ。『智集館』全体が高い土壁で、の……」

「……」


 明良は「智集ちしゅうしゅ」の出入り口に向かっていく。

 近づくと、まさしく受付員の言う通り、黒色の暗幕の正体は、水気を含んでいるような、黒々とした土の壁であった。

 壁面には少しだけえぐれたようなあとがいくつか散見できる。

 

「……どうにもダメみたいなんだよね」


 あとから付いてきていた受付員の声には振り向かず、明良は土壁に触れる。

 ひやりと冷たく、しかし、見た目通りの重厚そうなその感触に、明良の心中は騒がしくなった。


「『サ行自奮じふん』のヒトや、『ナ行識者しきしゃ』のヒトがどうにかしようとしてくれたんだけど、どうやらこの壁、とんでもなく厚いらしくて……。別の出口では『高段こうだん術者』をつのってなんとかしようとしてるみたいなんだけど……」


(「厚い」程度であれば、斬撃を増幅する「幾旅金いくたびのかね」で突破できるか……?)


 背中の鞘に収まっている神代遺物のに明良が手を掛けた時、壁を隔てた先から、それでもなお明瞭に響く笑い声が届いてきた。


「これでかこい殺しだろう! 細かいのはいかん! やるなら盛大に、豪勢にだ! われは『十行じっぎょう大師たいし』がひとり、『動力どうりき』の筆頭、コ・ギアガンなのだからな!」


(……なんだと?)


 明良は自身の耳を疑った。


(なぜ、『動力』の大師がこんなトコロに……?)

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