幻燈大神の神言と放浪の名づけ師
「それは難儀だったねぇ」
美名とクミとは教区館、
仕事
もうすっかり夜の
幻燈の大師、モ・モモノは、窓に映る「
「『コ』の魔名術者ねぇ……。このヘヤの住人には、そんなのはいなかったはずだがねぇ……」
「クミを……、『
「ふぅん。クミネコをねぇ……」
幻燈の大師は
「どこかで何か、
「しないわよ!」
即座の反論に楽しそうな笑いを
「とにかく、クミネコのことは気を付けな。相手は単独か、どこかの手先か、判ったもんじゃない。まぁ、そんじょそこらの刺客じゃあ美名嬢には朝飯前だろうがねぇ」
神妙に頷く美名に微笑みかける、幻燈の大師。
「アタシの
「はい」
「そうかい。じゃあ、今日はゆっくり休んで英気養っていくんだよ」
「そのことなんですが……」
美名はクミと顔を見合わせてから大師に向き直る。
「今晩は町に宿をとろうと思うんです」
幻燈の大師は
「そりゃまた、どうして? 部屋は用意してあるんだよ?」
「モモ
「なんだい、なんだい。
(それが一番の理由よ……)
この案の推進者はクミだった。
昨晩、しきりとふたりの寝室に顔を出してきた大師の態度から、彼女は何かしら、美名の身の危険を感じ取っていたらしい。
幻燈の大師の方でも、「邪魔立て者」が誰であるのか、すぐに判った様子で、クミの方に恨みがましい目を向けてきた。
「まぁ、無理強いはしないのがアタシの主義だ。好きにしな」
とは言うものの、彼女が落胆のこもった息を
「……明日、発つ直前にはまた顔出しなよ。ペッちゃんも呼んでおくからさぁ」
大師の勧めに、美名たちはふたたびの来訪を約束する。
そうして、ふたたびの礼と大師の安眠を祈る挨拶とを残して、美名とクミとは大師の部屋を辞していった。
「……さて、と」
幻燈の大師は立ち上がると、背後の「重ね月」を
「いい月だねぇ。
大師は壁際まで歩みを進めると、色とりどりの壁板の中からふたつだけある「黒」の羽目板を、その白んだ両の手で優しく押し込む。
すると、ガタゴトと規則的な音とともに、大師の背後の寝台が独りでにその場所をずらしていった。それにつれて姿を現す、深淵がごとくの暗い穴。
やがて、寝台が動きを止めた。
四角に縁どられた下がり階段の入り口も、そのまったくの
幻燈の大師はふぅ、とひとつため息を吐くと、その穴に身を沈ませ、下方へと続く段々を降りていく。
どれくらいの段数を降りたことだろう。
ようやくに大師が下降を終えた先は、上下左右を石組みで囲まれた、薄ら暗い一本道であった。陰気と
「お部屋に引かれましたか、お気に入りのお嬢様は」
大師が平たく湿った石畳の床を二、三歩進んだところで、背後から声をかけてきた者があった。
「悪かったねぇ、『カ行』の『
「構いません。暗所は嫌いではありませんので」
「その
歩みを止めない幻燈の大師に追随する影は、
目頭から
白い外套でスッポリと身を覆い、歩行には足音も、衣擦れの音も伴わず、静かなものであった。
「美名嬢たちは部屋を使わないってさ。アンタ、代わりにお使いよ。それを伝えにきたのさぁ」
「恐縮です」
「いいのさ。様子見もついでだからねぇ」
「……よろしかったのですか? あの程度で。『客人』を手中にしておきたかったのでしょう?」
「それは
「……
「『動力』と『
幻燈の大師は立ち止まって振り返り、相手の
「『嘘偽りのない
「……『
「……判らないかい?」
ニヤリとする幻燈の大師に、男はほんの少しだけ反発心を抱いた。
「『居坂は正直者で溢れた、素晴らしい土地である』……。この言を引いて、幾度と説教を頂いたことか……」
「……違うねぇ」
幻燈の大師は、川辺の仕掛けに見事に
「『心が読める』、『幻燈』の
「……肝?」
「アタシの幻燈の神さんはこう言ってるのさ。『この居坂には嘘や欺瞞が満ちている。そんなものなくなってしまえば、居坂はずっとよくなるのに』……」
男は虚を衝かれたように言葉を失った。
「嘘偽りこそが居坂が咲かす華。謀りこそが『幻燈』使いの
薄く鋭い笑みを浮かべ、妖艶な「幻燈」の大師は、視線を変える。
その先、彼女のすぐ右手、魔名術封じが施された鉄格子の向こう側――。
「なぁ、アンタもそう思うだろう? トジロ師……」
「コッチは美名嬢の焦がれる想いにまで謀ってきたんだ。いい加減、観念しておくれよ。アタシの名づけ師に、アタシの『幻燈』を使わせないでおくれよ」
相手も相手で、歯噛みして大師を
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