ネコの想いと少年の願い 1

 薄い陽光を感じ、銀髪の少女はまぶたを開く。

 開かれた深紅の瞳には、黒毛の獣のうれい顔が映った。


「……美名!」

「……クミ?」


 美名はゆっくりと身を起こし、辺りを見回す。

 そうして、ここはリントウ家に用意された寝室で、自身は寝台に横たわっていたのだと知った。


「痛いところ、ない? 冷たいところとか、熱いところとか、ない?」

「……うん。大丈夫」


 心配顔のクミに笑顔を作って応じると、美名はひとつ、瞬きをした。


「すべて、夢……」

「気が付いていたか」


 低い声に美名とクミが目をやると、暗色の革衣かわごろもを身にまとった少年が、開け放たれたままの戸口に立っていた。

 どこか物寂しげな少年の顔を認めた美名は、悟る。


「夢じゃあ、ないよね……。クシャのことは、夢じゃあ……」


 少年はため息をひとつ吐いて室内に入ってくると、美名を見下ろす。

 そんな少年に顔を向けて、美名の傍らの小さなクミは「アキラ」と呼び掛けた。


「もう……終わったの?」


 クミの問いかけに、少年は首を振った。


「お前は休めって、なかば力尽くで戻されたよ。これ以上、印象悪くしてられないからな。気遣いは頂いてきた」

「どの口が言うのよ……」


 顔を戻したクミは、美名がもの問いたげな顔をしていることに気が付くと、少しの躊躇ちゅうちょの後に口を開いた。


「……今、クシャの隣の村――フモヤってところらしいんだけど、そこから人手が出てて、皆で、その……クシャの『後片付け』をしているのよ。『アキラ』は美名を運んだあと、その手伝いに行ってたの」


 「奇妙な光景だった」と少年が口を挟む。


「お前の言う通り、村中で地を這うような白煙が漂っていた。雪がけてきているというのに、さほど地面も湿気しけっていなかったしな」

「ああ……、やっぱり、ドライアイスだったのかな……」

「……フモヤの奴らは『うろ蜥蜴とかげ瘴気しょうき』だと怖れて、なだめるのに苦労した。『客人まろうどから安全が保証されている』と言って、威光を使わせてもらったぞ」

「……使えるものは、どんどん使っていいわよ」


 そう言うと、小さなクミは困惑顔のままの美名に顔を戻す。


「……洞蜥蜴の『れい息吹いぶき』の正体はたぶん、『二酸化炭素』だったんじゃないかな。それをあの『コブ』に――高圧低温を保てる器官で、液体とかの状態で貯蔵してて、それを標的にぶつけてた。高圧だからあんなに強い勢いの風を伴ってて、ドライアイスだから冷やされるのも雪の比じゃなかった。液体状態でかさばらないから、村ひとつを壊滅させるほどに『息吹』を吐き続けていた……」


 クミの言っていることの大部分は、美名にはよく判らない。

 少年に目を移してみるが、彼も神妙な顔をしているだけで、理解している風ではなさそうだった。


「そこに――『コブ』にまず、『アキラ』が穴をあけた。圧力が弱まって、一気に気体化した二酸化炭素にされて、『コブ』は限界ギリギリまで膨らんだ。そしてそこに、美名が『かさかたな』で亀裂を入れた。パンパンのゴム風船が割れるように、亀裂を入れられた洞蜥蜴の頭は……破裂した。……まあ全部、あとからの推測だけどね」


 パチパチと瞬きをして、美名は首を振った。


「そうじゃなくて……、洞蜥蜴のことなんかじゃなくて……」


 美名は、小さな友人の双眸を見つめる。


「クシャは? 村里のヒトたちは、どうなったの?」


 寝台の傍らに立ち、美名とクミを見下ろしていた少年は小さく息をくと、無遠慮な勢いで寝台の上に腰を下ろした。


「……助かったのは、今のところ四人だ」

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