新たな輩の子と名づけ術師 3
「蜂たちのあるがままに任せてるんだ」
「あるがまま?」
「通常の『タ行の
美名は納得するように頷く。
事実、美名がこれまでの旅路で度々見かけた『養蜂』の光景は、先ほどリントウが着けていた「遮蔽布付き帽」など装備せず、据えられた巣箱に向けて順繰りに平手をかざしていくものだった。「使役」の魔名術を受けた蜂たちが、ひとつの黒い塊になって巣箱から一斉に飛び立つ光景。
「養蜂」に限らず、他の家畜業も、そういうものだと美名は当然に思っている。
「僕の親も、この場所で『タ行養蜂』をやっていたんだ。その頃は父の魔名術を使っての養蜂で、巣箱の数は今より断然少なくて、そのくせ、箱ひとつ当たりの蜜の採取量は今の僕のやり方より多かったものさ」
「……じゃあ、なぜ魔名術を使わないんですか? そのやり方のほうが、たくさん蜂蜜を取れるんですよね?」
美名の疑問に、リントウは自嘲するような笑みを零す。
「小さい頃、僕は、父が見限った巣箱のなかから蜜を取り出して盗み食いしたことがあるんだ」
「……見限った?」
「うん」と照れるようにして、リントウは頷いた。
「女王蜂の産卵頻度が低いとか、オスの割合が高すぎるとか、まあ、いろいろ判断材料はあったんだけど、魔名術で『使役』するに値しないと父が判断した巣箱は、ほとんど打ち捨てられるようにしてあるのが常だったんだ。外遊びの途中で口寂しくなった僕は、その巣ならいいだろうと、父の目を盗んで蜜をひと舐めしたんだよ。そのときの蜜の美味さときたら……」
良い夢を思い出しているかのようなリントウの話しぶりに、美名もクミも口の中が潤ってくるのを感じた。
「その経験で僕は気付かされた。蜂に負荷を押し付ける『使役』の魔名術の『養蜂』では、本当に美味しい蜂蜜はできないんじゃないかって。『使役』されることなく、蜂たちの本能で選んだ花の蜜でこそ、本物の蜂蜜が出来るんじゃないかって。だから僕は、魔名術の段上げには励まずに、蜂の暮らしや生き方を勉強した。蜂たちに寄り添うための勉強に力を入れたんだ」
美名に目を向け、養蜂の敷地に目を向け、リントウは微笑みを浮かべる。
「蜂たちがのびのびと蜜を作れて、それを僕たちが少しだけ分けてもらう。父が魔名を返して『養蜂』稼業の跡を継いだ僕は、今、そんなやり方を実践してるところなのさ。いまだ収穫量は安定しないし、味にムラができるしで、手探りだけどね」
蜂たちの巣箱を眺め渡すリントウに倣って、美名も周囲を見渡す。
(そんな考え方……。魔名術を使わずに日々を生きてくなんて考え方が、あっただなんて……)
魔名がないとひとりのヒトとして見なされない。
魔名術が使えないと「
魔名教会堂で説教を受けた経験のない美名でさえ、先生や出会う人々からの影響を受けて、それが当然と思っていた。
だからこそ美名は、「魔名を名づけてもらうこと」に執着していた。
(だけど、本当は……? 本当に大事なことは……?)
林を抜けてきた風にクセっ毛の銀髪をさらわれながら、美名は自身に問いかける。
その足元で、小さなクミが「ふぅん」と感嘆の吐息を漏らした。
「自然農法ってやつかしらね。ン? 自然「養蜂」か?」
「……え? しゃべった?」
驚いて飛び退く自然養蜂家リントウに、クミはふざけるように牙を剥いた。
「ネコだってしゃべるわよ」
「しゃ、しゃべる『アヤカム』?!」
「おっと、『
「ま、『客人』様……? ひえぇ……」
「様付けナシで!」
おどけるクミと、朴訥なリントウとのどこか間の抜けたやりとりに、美名からは笑みが零れる。
(今は……、今はこの可愛いクミと一緒に旅をしていこう)
「クミと一緒だと、どこ行ってもこういうことばかりになるんだろうね」
「『私は客人。魔名教への報告無用!』って看板でも担ごうかしら」
(私の心は魔名を求めてる。先生にまた会いたいと望んでる。この私の心に、ウソを吐くことだけはないように、旅を……)
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